彫刻士と東照宮


=国宝 陽明門=



日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)
東照宮(とうしょうぐう)という神号は、徳川初代将軍家康公の死去後、後水尾天皇から
正保2年(1645年)11月に贈られたものです。それ以前は東照社と呼ばれていました。
家康公の死後、遺言に従って家康公の息子2代将軍秀忠は、日光に廟をつくりました。
廟は元和3年(1617年)に完成し、家康公の尊骸は4月に日光に改葬されました。
しかし廟の規模が小さかったため家康公の孫の3代将軍家光(いえみつ)公は、寛永元年
(1636年)大規模なものに再建しました。
この再建のため、多くの大工、画家、彫刻家、などの美術家が日光に集まりました。
狩野探幽(かのうたんゆう)、左甚五郎(ひだりじんごろう)の名が良く知られていますが
ほとんどは不出世の名工だといわれています。
当時の金で56万8千両(現在の価格で1700億円)、銀100貫、米1000石、工期1年5ヶ月
延べ454万人の大工事だったとのことです。
東照宮(とうしょうぐう)には徳川家康の他、源頼朝、豊臣秀吉の三公が祭られています。
国宝8件、重要文化財55件の指定を受けています。

(”修学旅行のための日光”より)

このようにして集められた職人や技術者は新廟建設のために従事する事になるのです。
しかし、これらの技術者が全員、日光に留まる事は難しいため、旧今市市(現日光市)や
鹿沼市に分散居住し、技術や知識の伝承が行われたと考えられています。
この技術を生かし製作された鹿沼の屋台は、日光東照宮建設と深い関わりがあったのです。


鹿沼の屋台の彫り物と比較すると、彫り、塗り共に非常に類似しているのが見て取れる。






鹿沼市の彫刻師黒崎孝雄、屋台大工宇賀神久男、車輪乾充男、彩色師澤田了司、今市市の塗師吉沢心作、日光市の錺師鈴木正男
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