風の盆紀行

新幹線で取り出したのは、海音寺潮五郎の「妖艶伝」、
中国春秋時代の美女、夏姫が主人公。
心ならずも、その美貌と心優しさで虜にした英雄達を次々に破滅させ、
国までも滅ぼしてしまう、女の業、性の悲しさ、切なさを描いたものだ。
夏姫が、何時しか、小説「風の盆恋歌」の女主人公に通じ、更には、
これから見るであろう越中小原節を舞う女達の姿に重なって来る。

時折見やる窓外は美濃路の深い渓谷、
木々の裏葉が、僅かながら、秋の到来を告げている。
車内放送の
「ここが分水嶺です」
の小さなトンネルを過ぎると高山が近い。
高山、古川を過ぎ、列車は細い渓谷の右側をえぐって走り、
渓谷の向こう側には、たまに、車の影が見え隠れする車道が、
山肌に深く食い込んでいる。

越中八尾、暑い。
豪快なシャコンヌさんの豪快な笑顔のお出迎えだ。
その顔、仕草からはとても想像出来ないが、
彼のお嬢さんは、知られたバイオリン奏者だそうだ。
僅かに、ハンドル名「シャコンヌ」で頷ける。

秀さん、悠さん、桂女さん、俳諧師さん達、関西組は既に到着、
やがて、チャコさん、花水木さん達の名古屋組が元気溌剌に加わる。
コスモスさん、takoさんの埼玉組、諏訪子さん、蝙蝠林さん、甘辛城主さん、
あんみつ姫さん、紫雲さんとお友達の東京組、
その中に幹さん、沙羅さんに伴われて今日の特別ゲスト、
円蔵師匠夫妻も姿を現した。
幹事役の北陸組、シヤコンヌさん、Menshinさん、富山の一歩さん、
げんごろうさん、いまいちさん達が、四方八方に目を光らす。
この時期、宿の確保を考えただけでもゾッとする風の盆だ。
そして、送り迎えまで、
枕の位置を変えねばならない。

一風呂浴びて、久し振りに再会した仲間達との近況交換、
ここのところ遠ざかっている俳句、俳諧師さんには会わせる顔がない、
そんなことは微塵も無く御相手下さる。
TVでは風の盆の実況放送、いやが上でも、
風の盆が盛り上がって来る。


いまいちさんの司会で、早めの宴会が始まる。
幹さんの乾杯の音頭、



お膳には珍味が並び尽くされる。
ややあって、今日の珍客、円蔵師匠が突然のご挨拶、



 

 

 

 

一区切り毎に爆笑の渦、
また、或る時は、考え込ませられたり、
当意即妙、流石、プロのプロだ。

 

師匠以上に驚いたのは、
面々にお茶を配りだした師匠の奥様だ。
一人一人に深く頭を垂れ、笑顔を奏でる。
何か惹かれて、その後もそれとなく、観察させて頂いたが、凄い。
師匠が一歩歩くと、奥様はその前後左右何倍かは歩かれる。
その筋の事はあずかり知らないが、沢山のお弟子さんを抱え、
名跡を支えておられる日頃の「おかみさん」の姿が彷彿される。

蜃気楼の写真が廻ってきた、
蜃気楼に命を懸けるげんごろうさんの作品、
「彼は、小学生が学校に通うように蜃気楼を眺めに通っているんです」
いまいちさんのご紹介に、
今一度、げんごろうさんのお顔をつくづく眺める。


出陣。
宿から街の中心まで歩いて20分、



しかし、この暑さはなんだ、じっとしていても汗が迸り出る。
暑さとほろ酔いのせいか、何時の間にか、一人になっている。
去年因縁のあった「明日香」を覗く、
店の前は団体客で一杯だ、ツアーコースになっているらしい、
ガイドが説明しているのは、多分、
「此処が小説、風の盆恋歌に登場する明日香云々...」
だろう。

さて、どうしたものかとさ迷い出す。
道の両側には、人々が座り込み始めている。
町流しを待ってる人々だ。
もう二回も雨に祟られて町流しを見てない。
今回こそ、
「死んでも町流しを観て帰る」
と必死の覚悟なのだ。
その町流しが、何処をどう通るのか全く検討が付かない。
肝心の越中組とははぐれてしまった。

ままよ、と歩き出す。
と道端に、幹さんご夫妻、円蔵師匠ご夫妻が座り込んでいる、側に蝙蝠林さん。
奥様お二人は、
「一寸、買物に行って来ます」
と闇の消える。
兎に角、暑い!
残されたお二人も相当に参っている。

 

傍らでは、甘辛さんがまるで少年の顔付きで撮影の準備に余念が無い。

「此処で、町流し、ホントに観れるの?」
心配になって偵察に出る。

先に出た奥様達と出会う。
「此処なら、必ず、町流しが観えるそうよ」
納得して引き返すと、蝙蝠林さんが消えている。
それやこれやしている内に、頼りのいまいちさんが現れ、
「向うへ行きましょう」
と連れ立つ。
「私は蝙蝠林さんを待ちます」
と座り込む。
傍らのお店から冷酒、これがまた冷え切っていて、堪らなく美味しい。

隣に立って団扇を仰いでいる小父さん、土地の人らしい。
五分がりのお頭が頼もしい。
「此処に町流しは通りますか?」
「おー、通る、通る、此処におればいいけん」
気安く話しに乗ってくれる。
「暑いですね」
「おー、今年は特別がやな」
何か、八尾の話が聞けそうだ。
と、いまいちさんが現れた。
「向うに行きましょう」
「でも、蝙蝠林さんが...」
「蝙蝠林さんも向うに居ますよ」
全く、越中組の動き、気配りには頭が下がる。


八尾の中心街らしきあたりに小さな舞台、
その周りを人が埋め尽くす。
静々と一団が上がって来た、
男の踊り手の後に女達。
胡弓がうねり、呼応して三味線、小太鼓がリズムを作る。
のに、
静かだ。



トンボ?切る若者、よく見ると喉元に汗が光る。

 













帯の黒、白地に赤文字の浴衣の女達の指先が撓る。
満足だ。







さあ、目の前を通り過ぎるのが念願の、
町流し!
多分、口を空けて観ているであろう。













 

 




広い様で狭いのか、仲間たちが集まって来た。
どの顔も、皆、満足げだ。






一旦、宿へ。

もう一度、風呂で汗を流すと慣例の宴会が始まる。
うららさん手作りの果汁酒、4種類を試飲、一つ一つこくが違う。

 

 

 

珍しく幹事役を背負ってない甘辛さん、あんみつさん、
今夜は、未だかってみた事のない顔付きだ。
仲良しの沙羅さん、花水木さんにお声を掛けられた。
「あんた、痩せたんじゃない」
思えば心当たりがある。
旅は好きだが食い物に往生する。
「ちゃんと食べなければ駄目ですよ」
とお説教される。
それにしても、みんなお元気だ。


午前2時半、半分眠っている頭を叩く。
いよいよ、
「名残の町流し」
さっきの喧騒は何処へやら、
街並みは静まり返っている。



まだ、時間が有りそうだ。
そっと離れて、少し、歩き出すと、二人の男を囲んでいる人だかり、
一人は三味を持っている。
「この人は??さん、70歳です、この方の高音は誰にも真似が出来ません」
三味の男が語る。
言われた男は付いてる女の差し出す酒瓶をあおる。
「では...」
と唄い出した。
渋い高音が闇を縫う。
消え入りそうで消えない、燻し銀の喉だ。
一曲終わると、また、彼は酒をあおる。
妙麗な女性が、しっかりと付き従っている。







○○町、○○町と、町毎の町流しが三々五々練り歩いているらしい。
ふと、横道を見ると、丁度、行列が動き始めた。
はっぴ姿の若者が6人、先頭を切る。
続いて女性が6人、





その後に、胡弓、三味線、太鼓、一番後に唄い手、
一歩下がって二歩前へ、静かに静かに、白壁と石畳の坂を登る。
暫く、追っかけだ。

一曲毎に唄い手が代わる。
唄い手が一団の中心のようだ。
男達の踊りは激しい、
時折、石畳を蹴る足袋の音だけが闇に包まれる、
腰の高さは変わらない。

程よい距離に置かれた灯篭の灯に横顔が照らされる。
無言だ。
止ったと思うと、体が捩れ、掌が返る。
この時間、女性は編み笠を付けていない。
白地に赤模様の浴衣、帯の黒が引き締める。

空には半月、
”しずしずと坂を登る”
まさに、これが観たかったのだ。

「フラッシュはたかないで」
と窘められる。


仲間達が気になり、途中から引き返すが見付からない。
諦めて帰ろうとしたら、いまいちさん一行に出会う。
全く、広い様で狭い。

「坂に方へ行ってみましょう」
○○町の詰め所が上から見渡せる階段に陣取る。
肉の無い尻に石畳の突起が食い込む。

詰め所の前に小さな広場、



静まり返った向うの路地から、
町流しの一行が、此処に戻って来て、
最後に舞ふ、
それで風の盆が幕を閉じるのだ。

待つ事一時間弱、幽かに胡弓の音が聞こえて来たと思うと、
広場の奥から一行が現れた、
一歩一歩広場に近づく。
一瞬、時が止ったのか、飛んだのか、
幻想の世界かと眼を拭う。
あっという間に踊り子達の輪ができる。



中央に弾き手達、さらに中央に唄い手、
三曲位有っただろうか、その都度、唄い手が代わる。
一人は女性だ。
唄い手ごとに、醸し出す雰囲気が、こころなし異なる。
しかし、基調は変わらない。

幽玄、哀調。
人としての悲しさ苦しさを耐え忍ぶ音だ。
何が有ろうと、起ころうと、
人は人として生きて行かねばならない。
そんな風に聞こえてならない。

時を忘れ、尻の痛さも忘れる。
もう、思い残す事は無い。
空が白ずんできた。



翌朝、胡弓の響きが覚めやらない。
ゆっくりと朝食をとってから、
「ますのすし」工場



中国雲南でよく目にする竹寿司、
日本で見たのは初めてだ。

「富山水墨美術館」
鉄斎の豪快な水墨に度肝を抜かれる。

 

 



シックなお茶室で抹茶のサービス、

 

 

 

最後の会食、
二日酔いと寝不足、いや、覚めやらない興奮からか、
お仲間達とも碌に話も出来ない。

あおばさんに駅まで送って頂く。
列車の中で、早速、「ますのすし」を突きながらコップ酒、
また、「妖艶伝」を開く。
女の業、女の性は、人の業、人の性の様な気がしてきた。



熟年の一人旅(日本編)



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