答えを知ってしまえば、それは至極、単純で、偶然は運命という名の必然と感じさせるものだった。
 
 彼女は女が結婚式を挙げたホテルのスタッフだった。
「ウェディングには係わっていないから、あなたが知らないのも無理ないわ」
 それでも、彼女の方は結婚式の打ち合わせ等で何度か訪れる女の姿を見ていたという。
「幸せそうなんだけど、憂いている感じ?マリッジブルーともちょっと違うような…迷っているような、
納得していない目をしているように見えたのよね」
 ホテルに勤める者として客のプライバシーに立ち入るつもりも詮索するつもりもなかった。
まして、式の担当者ならまだしも、彼女は全くではないが関係のないフロントだった。
それでも、女の姿を見かけると気付けばずっと目で追っていた。目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
男の隣で幸せそうに笑っていながら、その笑顔が本心からではない事(単純に言えば目が笑ってない)に、
本人は勿論、周りも気付いてはいない。今までに何十、何百、何千と僅かな時間のうちに過ぎ去っていく人々を
見続けた彼女だから気付いてしまったその笑顔に、その目に、そんな、女に興味が湧いていた。
 でも、彼女はただ、見ているだけだった。それはそうだ、その女は結婚式を挙げるためにホテルへ打ち合わせに
来ているお客様なのだから。調べれば名前も知ることができたが、そんな事をしても意味がないのは彼女も十分承知していた。式が無事に終われば、そう頻繁にホテルへ来る事もなくなる。そうすれば会う事もなくなるのだ。
女の笑顔がその女が本当だと信じているうちに本物になればいい、そんな風に思っていた。  
そんな時、何となく今まで付き合っている大学時代の同級生の男から、その男の高校時代の同級生が
自分の勤めるホテルで結婚式を挙げる予定だと聞かされた。しかも、その後は、ホテルで1泊するという。  
彼女にしたら顔も知らないカップルの話だったが、名前だけは聞いておいて、
1ランク上の部屋になるように手配だけはしておいた。  

 そして、男と共に出席した2次会で彼女は女に会ったのだった。
 
 その時の驚きをどう言い表したらいいのだろう?
 
 しかも、気のせいや自惚れなどではなく、今まで気付かれないように見つめ続けた女から、明らかに視線を感じる。
彼女の方から女へ視線を送ってみれば、慌てて逸らすその仕草に彼女の方も次第に落ち着かなくなっていく。
自分を見つめる目が熱を帯びているように感じて、不思議と自分の身体が熱を持ってくる。  
彼女の隣にいる男からは決して与えられる事のなかった感覚に、彼女は女に触れてみたいという気持ちを
抑えられなくなっていった。そしてそれは偶然にも同じテーブルにいた女性とキスをしたのと、
悪酔いした男どもが新郎に行なった祝福により、彼女に実行へと移させた。
 
 女の反応は彼女に驚きと喜び、そして、戸惑いをもたらした。
 
 だが、全てが遅すぎる。女は今日、結婚式を挙げたのだ。そして自分は新郎の友人の彼女として2次会に
出席したに過ぎない。今ならまだ間に合うと、流されそうになるのを必死で堪えて女から唇を離した。
 自分の気持ちを悟られないように笑いかける。ホテルのフロントとしてどのような時でも笑顔を作れる自信はあったが、
この時の表情(かお)が本当に笑えているか分からなかった。  女のキスを新郎に返せばそれで終わると思っていたのに、彼女の気持ちを大きく揺らすような事を女が仕掛けてきた。それは、新郎が他の女性と触れるのが許せないのではなく、彼女が他の人に触れるのは許さないとでもいうように、手を握ってきたのだ。  女の行為が嬉しいと思ってしまう。
きっと、初めて見かけたあの時から、その目に自分は捕らえられていたのだと彼女は思った。
 
 まだ、間に合うのだろうか?間に合わなくてもいい。この女と共に堕ちてみたい。そんな想いが抑えきれなかった。
 
「女同士のキスって本当に浮気にも数のうちにも入らないって…思う?」
 
 驚く女の手に自分の携帯電話の番号を書いた紙を握らせた。
女がその紙を捨てれば、同時に自分もこの気持ちを捨てようと思っていたら、女はその紙をポケットへとしまった。  この後、飲み直そうと誘う一応、彼氏である男からの言葉を断って、彼女は自分の勤め先でもある、新郎新婦の今夜の宿泊先のホテルへ向かった。  急いでフロントへ行き本当ならよくないだろうが、そこは大目に見てもらうとして、空いている部屋の中で1番良い部屋にチェックインする。このまま連絡が来ずに、女がそのまま、男との夜を迎えれば、その時こそは諦めよう、彼女は携帯電話を握り締めたまま焦れる思いで女から連絡が来るのを待っていたのだ。
 
「…と、いう、ことは…?」
「まあ…そういう事ね」
 照れたような笑いを浮かべながら彼女は女を引き寄せて、その唇へ自分の唇を重ねていった。
2次会の時とは違い、誰に何の遠慮をする事もない。そして、2人きりのこの部屋の中では人目を気にする必要もない。
「ちょ、ちょっと待って」
 女が彼女との間に腕を入れて押し返す。
「今更、何よ?ここまできて更に焦らすつもり?」
 少し、ムッとしたように彼女が聞いた。
「そういうつもりは…あの、私、女性と、その…こういう事って…」
「したくない?」
 今度は少し不安そうになる。
「そうじゃなく…あ、いや、だから、女性とするのって初めてだから、どうしたらいいのかよく分からなくて…」
「何だ、そんな事?私も、女性とは初めてよ。でも、細かいところは個性があるだろうけど、基本的なつくりは一緒なんだから、今までにしてもらって気持ち良かったこととか、自分でしている事を相手にしてみればいいんじゃない?」
 彼女の台詞に女は真っ赤になって俯いた。今更、この年で純情ぶるつもりもないし、それなりに経験もあるが、
彼女にそういう事を言われると、妙に恥ずかしいのである。
「私はこういうのとか好きなんだけど、あなたはどうかしらね」
 後ろから抱きついた彼女が女の首筋から鎖骨にかけて舌を這わせたまに軽く吸い上げながら、
服の上から女の胸を揉みしだいた。
「明日にはあなた、旦那さんに抱かれちゃうかもしれないから、跡はつけれないかな…
でも、これ以上強くしたらついちゃうかも…ねえ、どうする?」
「どう…する…って、そん……な、あぁ…!」
 どうやら、女が思わずあげた声で、彼女にも女にもスイッチが入ってしまったらしく、
2人はもつれるようにベッドへ倒れこんだ。
 
 その後、2人にもたらされた時間は、今まで経験してきた事の全が霞んでしまうほどの、
何だったのかと思えてしまうほどの情熱的なものとなった。
 
「あなたの言った通りだったわ」
 スーツの上着を脱ぎ、するりとスカートを落として女が言った。
「何が?」
下着姿のままベッドサイドに腰掛けて、足を組んで煙草を燻らせながら彼女が聞いた。
「初めてあなたと寝た時、旦那とできなくなるかもって言ったら、男の大半は女が本当に感じているのか分からずに、
ちょっと、感じたフリをすれば女の上か下で勝手にいくって言ってたじゃない」
 自分も下着姿になった女が彼女の隣に腰を掛けると、彼女から煙草を奪って自分が吸った。
「ああ、旦那さん、そうなんだ」
 彼女が女から煙草を奪い返し、大きく吸い込んでから灰皿の上で揉み消した。
 女は彼女の唇やほっそりとした顎のライン、首筋から鎖骨、艶かしく曲線を描くそのしなやかな肢体に
ゆっくりと視線を這わせ、柔らかな肌の感触を思い出して溜息を吐いた。
 肌を重ねるという行為は同じはずなのに男と女とではこんなにも違うとは思ってもみなかった。
 彼女を知って以来、無骨な指が触れてくるのもイヤだし、あんなものが自分の中に入ってくるのもイヤで、
何より剃り残したヒゲが痛いのだ。
「こら、私と2人でいる時に旦那さんの事、考えるわけ?」
 冗談めかして彼女が女に触れてきた。
2人ともホテルの一室のこの狭い空間の中でしか自由でいられないのは分かっている。
 自分達の出会いがもう少し早ければ、自分達がもう少し若ければ、自分達にもう少し勇気があれば、
全てを投げ捨て2人で生きる道を選べたかもしれない。
 もう少し、もう少しと言い訳をして、心を誤魔化して、彼女も来月、結婚をする。



―お礼を兼ねての挨拶―
私が遊子さまの「キスの罠」を気にいってしまい続きが読みたいと無謀なお願いをお聞き下さって「キスの罠 U」を
書いていただきました。「キスの罠 U」で終わらせるのはと再度リクエストしましたら・・・
悠遠の幽境管理人である遊子 ( ゆうし )さまから誕生日のプレゼントとして頂いたのがこの「キスの罠 V 」です。

どうもありがとうございました。

※「キスの罠 T・U」読んでからウチのサイトへ来る事をオススメします。悠遠の幽境へ Let's go !
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