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6月某日
小泉・真紀子人気はいやはやすさまじい。しかしこの二人は、応援団はともかく資質という点ではかなり離れている気がする。小泉は都会的な照れ、軽み=「通俗」というものがあり、田中は土俗的ともいえる「低俗」さ(悪い意味という訳ではない)がキャラクターだからだ。
しかし、真紀子外相も本質的には権力者の父の元、ベタなまでに傲慢が許された「お嬢様」。
あの漫談家的スタイルのほうが、ペルソナである気がしてならぬ。
などということを考えたのは、「通俗は味方、低俗は敵」を公言する中野翠のコラムを読み返したから。


6月某日
猪瀬直樹「禁忌の領域-ニュースの考古学2」を読む。
時代性がブレンドされて、猪瀬の本質たる「過去の面白い事例を発見する才能」が逆に際立つ。古い話題も、クロニクル的な意味がある。


6月某日
「月を目指した二人の科学者」(中公新書)を読む。宇宙開発史ものは好きだが、ここでは大傑作マンガ「栄光なき天才たち-月を目指した男達」がある。今回の新趣向は、フォン・ブラウンにかくれがちだったソ連のコロリョフを押し出した対比列伝であること。
スプートニクやガガーリンの裏にある、緊迫したエピソードを知る。つーかヤバ過ぎるって。無能な上司に無理難題を押し付けられるといずこも辛いね。
これを読むと、逆に上記「栄光なき-」のドラマ構成力の凄さを逆に実感。めぼしいとこはすべて押さえてる。

6月某日
「独立書評愚連隊」大月隆寛
この人の書くものは、内容的に「省略」が多い。詳しく用語や前提を説明すべきところを「俺の読者ならわかるだろ」と思ってキメの印象批評を述べる。
私のようなファンなら拍手だが、ふつうの読者にはたんなる決め付け、レッテルはりだと思われても仕方ないと思うが。

6月某日
つうか十五日、リングス見に行く。
客入りやはり悪し。アローナの勝ちは予想の範囲だが、TKの負け方はうーんだった。
高阪には、体力的に互角の選手とやるのを見てみたいとおもうのだが。
アタエフは、相手の力量はともかく衝撃的な勝ち。
痙攣とかフラフラとかしないで、そのまま動き止まるんだもんKOされた相手。

途中で買って車内で読んだのが岡田斗司夫・山本弘の「ヨイコ」ナンシー関「耳部長」

試合後宴会。ひねリンさんとはじめて会う。
しかし、予定時間の2時間じゃやはり全然話し足りぬ。座談会?はいつも大盛り上がりで、これをテープにとったら紙プロ座談会以上に受けること間違いない。もっともそれ以上に問題起きること必至だが。

6月某日
「<在日>という根拠」朴一.「石原慎太郎『三国人発言』のどこが問題か」
エスニシティに関する棚を図書館で散策し、適当に見繕った。
コリアン問題は、政治体制(とくに北朝鮮)の問題、戦前戦後の歴史観の問題など余計なものが多すぎる。「国籍と民族性」をどう統一するかあるいは多様性を持たせるのか、という面からシンプルに論じたほうが生産的のはず。後者はイデオロギー性が大きすぎ、前者は既に呼んだ奴だった(笑)。

6月某日
「20世紀 日本の戦争」「あえて英語公用化論」ともに文春新書。
前者は秦、猪瀬、中西、福田、阿川の対談。
豊富なエピソードと、ある意味正義論から自由な思考がいい。
「満洲合衆国」や「広田はある意味、中国ナショナリズムを最初の段階で欧米に同調して抑圧すればその後の展開は違った」というのは、「悪」の論理だが、それを道徳的に批判し、思考できないというのではイミナし。

公用語論は船橋洋一氏。「同盟漂流」のような大作ではなく、連載の「国際ブリーフィング」のような軽快な筆致である。相当の英語使いで表題のような論者であるが、逆にこれを読むと英語コンプレックスがなくなるのである。
実は私も、この人の主張に沿ってUGフォーラムに参戦を決めたのだ。

6月某日
川本三郎「ほんのちょっとの話」読書エッセイ。つまらんので途中で放り出す

和田誠「お楽しみはこれからだ 6」おなじみ映画の名台詞集。

強盗団の台詞。
「順調にいけば1週間後、パクられたら30年後に会おう」

神父様の台詞。
「借金のない教会は尊敬されない」

愛人を裏切って殺す男の台詞。
「愛の究極は何かわかるか。犠牲だ」

6月某日
夏目房之介「人生の達人」
今はマンガ評論家としてのほうで知られるが、最初はこういう日常”観察”エッセイのほうが有名だった。懐かしい。しかしどこで話を聞いたか、どこで見たのか。
人脈と観察力の差也。

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