オウム事件の真実に迫った最高のドキュメント-----麻生幾「極秘捜査」(文芸春秋)


喉元過ぎればナントやらで、2年前の戦慄の地下鉄サリン事件も、どこぞのチンケな教祖に従った馬鹿どもが少しばかり世間を騒がせたという程度にしか見られなくなくなっている。
しかし、ここに取り上げる「極秘捜査」を読むとそのような見方がいかに甘いかがよく分かる。

オウムが計画、準備した犯罪のいくつかは警察や自衛隊ですらシュミレーションの結果「対策無し・これをやられたらお手上げ」と結論され、」また死者の数も千・万単位となりえた、まさに「平成の2.26」だったのだ。それが防げたのはひとえに偶然と、まだ教団が準備段階のときに捜査をぎりぎり開始することができたからにすぎない。オウム教団と日本国家-----この二つの暴力組織は、あらゆる手段を用いて死闘を繰り広げる。麻原の命令のもと用意された、細菌、輸入軍用ヘリ、幾重にもガードを施した暗号光ディスク、整形手術、麻薬による洗脳と資金稼ぎ…

警察も黙ってみてはいない。暗号名「√5作戦」(富士山麓にオウム…)と銘打たれた、上九一色村強制捜査には、警視庁第六機動隊所属特科中隊(これがどんな部隊かは、標準装備がMP5マシンガンというだけでわかる人はわかる)、警視庁公安部公安総務課(実態は全く不明)、全国に極秘に張り巡らされたNシステム…。自衛隊も自衛隊化学防護隊、対電子小隊、果ては対戦車ヘリ「コブラ」の出動まで検討されたという。

とはいえ警察も自衛隊も、一部の陰謀論者が好んで取り上げた「全てを把握、演出している国家権力」といったイメージから程遠い、試行錯誤と行き当たりばったりの対応をしていたことがこの本を読むとわかる。考えてみれば当然で、化学兵器を都心のど真ん中で使われた経験など有史以来どの国にもない以上、これに対するノウハウなど当然あるはずもなかった。であるからこの未曾有の大作戦、かなりの部分は現場それぞれの臨機応変な行動にかかっていたのである。(しかしそれにしても、自衛隊の無線が地下鉄内で通じず、隊員が個人的に持っていた携帯電話で通信した…というのは笑い話ではすまない。自衛隊への周波数割り当ての少なさのためらしいが、いいのか、おい?)。

また、地下鉄サリンの被害者の多くは聖路加国際病院に運び込まれたのだが、偶然ここの日野原院長がきわめて優秀な医者で「原因不明の病状には何をおいてもまず点滴」「重傷者、軽傷者に分けて先に運ばれた人手も軽傷なら治療は後」(これを「トリアージ」といい、阪神大震災でもこれをやれば死者はもっと少なかったといわれるが、人権問題との兼ね合いもあって今の日本ではかなり勇気が要る)など、自衛隊の医官が舌を巻くような適切な処置を行ったために被害を最小限に抑えられたのである。この作品はこれらの、事件の影で全力を尽くして活躍したプロたちへのオマージュでもあるのだ。

しかし著者の麻生幾、一体どうやって取材したのか。警察・自衛隊に相当多くの、しかも高い地位にいる人物を情報源に持っていることは疑いない。また筆力も、ニュージャーナリズム(取材をもとに、場面を小説のように再現する手法)で最高の出来栄えといっていい。現在、「もし北朝鮮の潜水艦が日本に漂着し、乗り込んでいた特殊部隊が逃亡したら…」(最近韓国で、全く同じ事件があったね)という実名小説(登場する政治家などは実名)を書いているらしい←(註:これがのちの「宣戦布告」)。これも期待大。最近話題になった「クーデター」(楡周平、講談社)より面白そう。
なお、いまだオウム特別手配犯3名は逃亡中。「極秘捜査」は今現在も続いている…・。

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