虚実とは一枚の紙の裏表なり--------梶原一騎という伝説

 「サンドバックに 浮かんで消える 憎いあん畜生の 顔めがけ・・・・」(あしたのジョー)
 「空手一代 誓った日から 命も捨てた 名もいらぬ・・・」(空手バカ一代)
 「白いマットの ジャングルに 今日も嵐が 吹き荒れる・・・・」(タイガーマスク)
 「柔の道に 全てをかけた 男の意地が 火と燃える・・・・」(柔道一直線)
 「V・I・C・T・O・R・Y!サインは「V」!!・・・」(サインはV)


なんか最後に余計なものが混じったような気もするが。これらかつて少年達を熱狂させた男の闘いのドラマの語りべとなったのが梶原一騎という男である。日本の漫画史上手塚治虫に匹敵する存在だともみなされることもある彼だが、その短い生涯の晩年にスキャンダルによって追放されかけ、そこから出直す矢先に病魔に倒れた(土田世紀「編集王」に登場するマンボ好塚は彼がモデルである)こともあり、未だ正当に評価されているとは言い難い。

 実は、筆者くらいが(全盛期からは遠く離れているが)梶原一騎の作品を雑誌で読んだ最後の世代に属する。その「一騎の最後の息子」の論にもなにがしかの意味はあるだろう。
筆者が読んでいたのはずっと昔の「マガジン」に連載されていた「四角いジャングル」(*つまりリングは野獣達の住むジャングルだという事)そして「サンデー」の「プロレススーパースター列伝」。

この二つに共通しているのは、どちらも実話・ドキュメンタリーという形式を取られていたことだ。ことに前者は、その当時大変な話題を呼んでいたキックボクシング、極真空手、そしてアントニオ猪木のプロレスの抗争をほぼ同時進行で漫画化するという凄いことをやっていた。まだガキだった我々は、迫り来るA猪木と「熊殺し」の異名をとる空手家・ウイリー=ウィリアムスとの勝負はどちらが勝つか、また後者を読んではタイガーマスクの正体は誰かと真剣に噂したものであります。

 ところが、今になってあらためて呼んでみると凄い。何が凄いってこれがウソ・ホラ・ハッタリのてんこ盛りなのだ。

馬齢を重ねて少しは常識をわきまえるようになり、また当時の関係者の証言が伝えられるようになると、まるでソビエト連邦のようにこの梶原はったり帝国の真実が明らかになっていった。

  ところが、である。だからといって梶原一騎原作のこれらの漫画がつまらなくなるかというとそうではないのだ。

なぜなら、彼はそのハッタリのつじつまを合わせるために、ある時は緻密な、ある時はスケールの馬鹿でかい嘘をつき、またある時は現実のほうを思い通りに変えたりして、壮大なフィクションの曼陀羅図絵を作りあげてしまうからである。

  ちょっと複雑だが、一例を上げよう。「四角いジャングル」にはミスターXという謎の覆面空手家(なんだそりゃ!)が登場する。実話ドキュメントという触れ込みであるから当然彼は実際に登場して猪木と闘ったのだが、それが漫画の中とは大違いのただのデブ。何にも出来ずにやられただけでした。
現在では、そもそも梶原自身がこの空手家の登場を仕組んだが、ギャラや日程の折り合いが
つかず当初予定していた男がキャンセルしてしまった。そこで体重だけ同じの、素人まがいの
男をむりやり代役にした・・・という真相が判明しているが、そんなこと正直に書く一騎ではない!
なんと、こういうストーリーになってしまった。「本物のミスターXは、猪木との対戦の前にひそかに熊殺しウィリーと決闘し、敗れてしまった。あの男は、それを空手家の組織が隠す為に急遽送り込んだ代役である。」
これを「某氏の証言」とか「私が尋ねたところ、「ご想像にお任せします」とニヤリと笑った・・・」などの細かい演出を用いて語るものだから、純情な少年がそれを見破れる筈もなかったのです(笑)。
   この他にも、ある話では初対面ということにした2人が、実は学生時代からの知り合いだとわかった後は「あえて心を鬼にして知らないふりをしていた」ことにするなど、どんな矛盾に追い込まれてもきれいに辻妻を会わせてその手並みは見事である。

とはいえ、そんな事だけで梶原一騎を評価してしまうのは一面的であることも間違いない。なにしろ、日本の漫画読みの中でも有数の批評眼を持つ夏目房之介氏は、今でも「あしたのジョー」を読み返す度に涙を流すという位なのである。

これは彼が同時代に青春を送ったというノスタルジーなどもあるだろうが、しかし確かに
「ジョー」が今なお漫画としての生命力を保っていることは間違いない。筆者自身はあれを通読したことはない(TVでおおよそのストーリーは知っている)が、高校の友人で全巻揃えている奴も珍しくはなかった。

これは梶原一騎のもう一つの側面、つまり真っ正面から照れずに感動のドラマ(人間賛歌)を語るという、正攻法だからこそ逆に生命力を持ち得ているのだろう。もともと彼は戦前の講談社が出していた「正義と友情の物語」を書く小説家になりたかったのが挫折して漫画原作者となったのだから。「愛と誠」なんてのも人気があったそうだ。
(ちょっとこの辺は自信がない。一騎の青年漫画はもっとバイオレンス的だともいうし、また「ジョー」は絵を描いた、ちばてつや氏がかなり独自のアレンジを加えたがゆえに今でも名作なのであり、それは「巨人の星」が今やパロディでしか扱われないことを見れば証明されるという人もいる。それぞれもっとものような気もする。)

 その梶原も、乱作による質の低下、人気を笠にきた乱暴な振る舞い、闇世界とのつながりなどによって自滅してしまう。彼は傷害事件による逮捕の後漫画原作者の引退を宣言し、最後の作品として自分の波乱万丈の人生を劇画化する異にした。それが「男の星座」(双葉社)である。一口に「波乱万丈」というがここまでという人もめったにいないから、物凄く面白い話らしい。
【補注:この原稿執筆の数年後読んだが、まさに傑作!!】そして今までハッタリで書いていた事件の真相を全てここで明らかにするとも宣言していたのである!! 
・・・・・ああ、しかし運命は残酷であった。酒に蝕まれた彼の体は、それに耐えきれなかったのである。彼の死によって、「男の星座」は未完に終わった。まだ、「巨人の星」の開始までも物語は進んでいなかった。

 彼の評伝、研究書の必要は早くから指摘されていたが、去年ようやく「夕焼けを見ていた男」斎藤貴男(「ゴルゴ」の作者とは別人)が出版された。彼の業績だけでなく一連のスキャンダルもきちんと記されているのが偉い。何しろ彼の遺族にもコワモテの人が多いから(笑)。(余談だが、彼のスキャンダルの噂って物凄いぞ。猪木を監禁・脅迫した(笑)というのはご愛敬としても、ちょっとここには書けないが〇〇を〇〇〇〇〇〇で〇〇〇〇というのは本当かね。詳しくは本書を。)また、インタビューした人の数と質からも、著者の熱意が伝わってくる。

大抵の漫画評論は、梶原一騎にページを割いているが、関川夏央の「知識的大衆諸君、これもマンガだ」(文春文庫)の一騎論はこの文章の参考になった。また前述の夏目房之介「消えた魔球」(新潮文庫)は、野球・スポーツマンガの変遷をたどったエッセイマンガだが、ものすごく重要な指摘が一見軽い文の中にちりばめられ、「文化としてのマンガ」を考える人は超必読。その中に勿論、梶原一騎が大々的に取り上げられている。

ところで、先ほどの「男の星座」実は俺も読んだ事ないんだがまだあるだろうか?そしてあと一つ、夢枕漠が絶賛していた「斬殺者」。吉川英治流の「剣聖」宮本武蔵でなく、敵に勝つ為にはとことん残酷な武蔵。伝説とは大違いに、死ぬのを恐れ逃げ回る塚原卜伝。これは綺麗事でないリアルな西部劇として、アカデミー賞をとった映画「許されざる者」の先駆的作品ではないだろうか?読みたいなあ。

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