狂信____「非合理ゆえに,我信ず」・・・聖アウグスティヌス


「我々は,地震兵器は存在すると思っています」「我々は米軍機のサリン攻撃を受けた被害者なんです」「1997年のハルマゲドンに備えて」etc・・「ああ言えば上祐」こと上祐氏の発言はその雄弁にも関わらず,上記のようなポコペンな台詞のお陰でちっとも説得力というものがない(逆に。あんな教義でこれだけ粘れば大したものだと言えるかもしれないが)。無論,マスコミもこれらを単なる言い逃れ,嘘八百と嘲笑したのだが・・・人類の歴史は「嘘」よりも「本気」のほうがよほど恐ろしく,そして強いということを示している。

大泉実成「説得__エホバの証人と輸血拒否事件」(講談社文庫)は当時かなり話題となった、交通事故で瀕死のわが子への輸血を両親が拒んだ事件を取材したノンフィクションの傑作。大泉氏は,この事件に強い衝撃を受け教団の中に入る形で取材を開始し。その取材の過程と事件の当事者に関するストーリーをこの本のなかで交互に書いていくが,その両親を含めこの教団の人々が皆善良で,一般人など及びも付かない清廉な生活を送っている事を知る。(実際,この教団はオウムや統一教会と異なり,金銭的・性的スキャンダルがほぼ存在しない事は批判者も認めるところである)またその一方,「あの子とは,楽園でまた会えるから」と言い切り,校歌・国歌を歌う事を学校でも拒否するよう子どもたちに教えこむ「狂信」も確かに存在する。そして,この善良さと狂信は,まさに表裏一体で存在するのであり,片方があって初めてもう片方が存在するという事とが読み進めるうちに浮かび上がってくる。
そしてその「狂信」を世間は受けとめられなかったし,また受けとめるべきなのかどうかも筆者には分からない。息子が事故に会ってからの展開は,実に綿密な取材を通して詳しく描かれている。予想もしなかった難問に直面した医師達もそれぞれ苦悩し,またその後も自問自答しつつ取材者と向き合っている,その姿勢に好感が持てる。医師だけでなくその場に駆けつけた警官も「お前ら全員逮捕するぞ」とまで言って輸血をさせようとするが(これは見方によっては人民を守る「護民官」の鏡,見方によっては市民の信条にまで立ち入る傲慢な権力者・・・・
皆さんはどう見る?)両親の決意は変えられなかった。そして・・・その子は死んだ。

大泉氏はこれがデビュー作とは思えない程の優れた取材力と適度なおふざけも交えた文章(麻雀の描写がおかしい),そして何よりも優しい視点でこの事件を描ききっている。2年ほど前にビートたけし主演でドラマ化もされた。


エホバの証人の狂信はまだしも平和的といえるが,もっと空恐ろしくなるのはG=ハルセル「核戦争を待望する人々」(朝日選書)の,アメリカ聖書根本主義者である。つまり聖書のハルマゲドンとは核戦争のことで,その後に神の千年王国ができるのだから何も恐れることはないというわけ。冗談じゃないと言いたいが,もっと冗談じゃないことにこの教えは結構アメリカで無視できない力を持っており,レーガン政権との関わりも深かったのである。いやあ,無事に冷戦が終わってほんとによかった。

 このようにアメリカという国を考える場合,この世界一の先進国が,同時にもっとも敬虔なプロテスタントの国でもあるということを忘れる事は出来ない。この前のギングリッチ議長を中心とした「共和党保守革命」でも公立学校で「祈り」を認めるかとか、中絶是非論といった実に宗教的な争点が争われた。米国の政治は「保守VSリベラル」で語られる事が多いがこの場合の「保守」は前述のキリスト保守や「小さな政府派」,WASPエリートなどの混合でややこしい。

ごく最近のビル爆破事件は「反連邦主義」者が起こしたとされる。これは,政府という存在そのものが国民の自由を踏みにじるものであり,「コミュニティ」だけがこれに対抗できるという視点から,武装した民兵団を持つことが多い。よく日本のニュースキャスターは,アメリカで銃所持が自由な事を「遅れている」何ぞとしたり顔で言ったりするが,米国民は独立戦争の経験からか,「政府が悪となった時に軍事的に抵抗する権利」を持っていると無意識に思っている節があるらしい。日本では左翼でさえこんな発想は出ない。

こういう政治的狂信家(といっても聖書根本主義やこの前の「ブランチ・ダビディアン」のようなのと無関係ではないからややこしいが)については「アメリカの極右」が詳しいが,これは多少専門的すぎるきらいがある。落合信彦「アメリカの狂気と悲劇」のKKK団の章,「挑戦者たち」(いずれも集英社文庫)でのサバイバリストの章が読みやすいだろう。落合自身のいかがわしさはまた別の次元の話である。



 かくの如く、狂信といえばキリスト教(と言うか、セム系一神教)の独壇場である。
たとえば、日本にキリスト教を広めたザビエルという神父がいる。あいつはイエズス会
の人なのだが、このイエズス会というのは実はめっちゃ過激な集団なのだ。そもそも、会の創設者イグナチウスという男は、顔中傷だらけのランボーみたいな歴戦の傭兵。それが何の因果か突然神に目覚めてしまったのである。こいつが軍隊のノリで修道院を作ったから、まさにイエズス会は「信仰の犬たち」、上官じゃなかった司教が行けと言えば全世界どこへでも出撃、じゃない布教するのである。
去年も映画化された「三銃士」は結構長いシリーズだが、後半三銃士が敵味方に別れる回がある。それは、一人がイエズスの秘密会員だったからである。いまでも英語で「ジュズイット」というと「陰謀家」や策略家という意味になる。現在のCIAに近いね。この男の生涯は、F=トムソン「イグナチオとイエズス会」(講談社学術文庫)に詳しいが作者もカソリックなので、この会の秘密結社的側面を無視しているきらいもある。
 
そもそもイエズス会は、ローマ教皇に反発するプロテスタント運動に対抗して生まれた。で、なぜプロテスタント(新教)運動が産まれたか。十字軍によってイスラムの大文明に「野蛮な」ヨーロッパが触れ、それによってルネサンスの幕が開き、その影響と反発が共に関係している。

 十字軍それ自体が、狂信の恐ろしさを示す象徴的な出来事だろう。「血の海に踝まで
つかりながら」エルサレムを侵略した十字軍の蛮行と残虐行為は、イデオロギーによってそれが行われたという点で、ナチスなどの元祖といえるかも知れない。(まあ、残虐行為といえば旧日本軍も似たり寄ったりだが)この野蛮人の悪行と、彗星の如く現れ、彼らをエルサレムから駆逐した、「聖将」サラディンとそれに立ちはだかる「獅子心王」リチャードと「尊厳王」フィリップの死闘は、A=マアルーフ「アラブが見た十字軍」(リブロポート)に詳しい。命懸けでアラブと和平を結んだフリードリヒ2世のことも詳しく書かれている。

(サラディンの闘いは、山根何とかいう漫画家が、同名の小説を原作に「ジハード(聖戦)」(集英社)を書いている。どちらもかなりリアリティを損なう虚構を交え、特に小説は田中芳樹や酒見賢一の影響が強すぎるが、楽しめることは楽しめる。)


塩野七生「神の代理人」(中公文庫)は現在も10億人に号令をかけ得る、ローマ教皇の列伝だが、彼女らしい非常に独特の見方をしている。それは、ローマ教皇に「政治家」としての資質を求め、「宗教家」としての側面を軽視、どころか邪魔なものとみなしているところにある。(この本の裏話は「サイレント・マイノリティ」(新潮文庫)に。)

 この本の中では、教会の腐敗を糾弾する「改革者」は人間性を無視した哀れなピエロに過ぎない。腐敗をある程度人間の本性として、それを適当にルーズな処理をすることでこの社会を維持していくというカソリックのリアリズムを彼女は断固支持する。

免罪符を売ったレオ10世の独白の形をとった塩野の宗教論は、一読の価値あり。ただ
彼女の他の作品より、痛快な面白さという点では一歩譲っている。何せ主人公は爺さん
達だからね・・・。

 清く正しく原理に忠実というかたがたが、少し間違うといかに危険かは有名な歴史家S=ツヴァイクが「権力と戦う良心」の中でカルヴィンの狂気を書いている(らしい。探してるのだが絶版なんだろうか?)この人は教科書にも出てくる有名なプロテスタントの創始者だが、彼が支配した街は殆ど北朝鮮状態。酒は論外、踊り、スケートなども駄目(なんで?)、聖書の他の解釈は即火あぶり。秘密警察が常に監視するという恐ろしさ。この体制に良心だけを武器に一人立ち向かう修道士の物語である。

 それから原理主義という怪物的な思想を、近代に対抗する「ナショナリズム」と「パトリオティズム」という視点から分析した松本健一「原理主義−挟撃される現代史」は好著です。

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