[トリックスター]

「B級レスラーと言えば、レネ・グレイ! 新日にアンドレのタッグパートナーとして出てました。なんか「アンドレの頭脳」とか言われてた覚えが有ります。
試合は9割9分アンドレが戦っててグレイはチョロチョロしてただけで... 昼休みのプロレスごっこで苛められるのははいつもレネ・グレイの役でした」



「当方は最初、あのファイトスタイルを「アンドレへの気遣い」などと深読みをしていました。「“神様”カール・ゴッチと組んでWWWFタッグ王者になった」事がある、っていう(パンフに書いてあった)経歴が頭にこびりついてて、実力を隠していると思ってたんですよね」



「昔、全日本に来た ア・シーク なんとなく名前がまぬけだった」



「ホンキートンク・マンと言えばかつて本名でやってたころブルーザー・ブロディに16秒でフォールされたというのを何かの本で読んだ記憶があります。当時の最短試合時間記録だったなんて書いてありました」



「私が好きなのは、大したことないレスラーが必死でキャラを演じている哀愁」



「リングネーム橋本真也改め、『豚々丸』(とんとんまる)でどうでしょうか」



「キャッチフレーズは『闘魂減少』」



「 あいつ〜殴られた♪  東京ド〜〜ムで 殴られた♪
「冗談じゃね〜ぞぉ〜」って♪ 鼻折られた〜〜♪ 「お〜い、猪木も見てるぞ〜」 」



「私が好きだったのは,「インディアン酋長」ワフー・マクダニエルでした。
羽根飾りをつけて入場し、試合前には「部族の踊り」(足を踏みならして回るやつ)を披露,得意技は「トマホーク・チョップ」とどこまでもキャラに徹していました。でも酋長がプロレスで年中遠征してたら,部族の人達がこまるでしょ」



「横目で窓外の夏の札幌の景色に目をやった瞬間、視界を長髪&ヒゲのノーザンライトな選手(現国会議員)が笑顔を満面に浮かべながら、スリムで色っぽい凄い美女と密着しながら横切って行くではないか。「※☆△●〜っ」(選手名が入ります)」



試合が始まる。一方的にやられるインフェルノ。おおげさなリアクション。
友人「歌手だからプロレス弱いんだろ。ロッドマンみたいに。」ワシ「(無言)」」



「垣原選手がインター時代、尾崎豊の曲で入場 してきたときに「曲の善し悪しはともかく、入場時に尾崎はないだろう」 と思ったのを覚えています。試合後垣原選手にそのことをいったところ、 次の試合では尾崎紀世彦で入場してきたのでびっくりしました。 すいません、うそです。また逢う 日までええ〜」



「控え室に行くと、レスラーがでかいクーラ-ボックス一杯に入っていたビールを浴びるように飲んでいた。何故か聞いてみると、試合のダメージを少し酔うことによって麻痺させるということらしい。プロレスのファンタジーがなくなったと言及される今日だが、まだまだプロレスラーは常人離れしていることをアピールする、心温まる話だった」 



「永源さん。貴方は猪木選手の大事な試合には絶対セコンドでついていましたね。やはり凄い人なんでしょうね」



「ドン荒川といえば晩年「サラ金固め」(そのココロは「首が回らない」だそう)とか、市役所固め?だとか、ヘンな名前の技を開発 していましたねえ」



「♪ マッチョドラゴン(チョワヨ〜ン)←ギターのフレーズ  もーえあがれ
(チョワヨ〜ン)←ギターのフレーズ  戦う相手が戦意を失う効果があるよな…」



「マッチョドラゴン欲しいですかー?!!! 藤波辰巳はエライおんちですよー。今、不人気の田中秀和曰く「歌ちゃいますねん」。リングパレスの日野氏曰く「バカボンパパの歌かと思った」。あのあたりから藤波はコワレ始めた・・・・」



「マッチョ・ドラゴンの下手さ加減は知ってますよー。だって私歌えるもん。その昔コサキンが余りの下手さ加減に感動してラジオで「マッチョ・ドラゴンのコーナー」みたいなのをやってたのを記憶しています。 あー、今でも頭に蘇ってくる「♪稲妻が闇を裂いて俺を呼んでる・・・」」



[語り部]

「マサさんは辻アナに対し何か常に冷淡でしたね。蝶野がムタをしきりにnWoに勧誘していた頃。辻「(前略)今までの蝶野の誘いに対してムタは、今の所はっきりと、ノー!と言っています!!」3秒程の沈黙の後、ボソリと突っ込むマサさん。

マサ「ノーって言いました?」

思わぬ奇襲に、うろたえてしどろもどろの辻アナ。
辻「い、いや態度がそう言っています」マサ「そうですかね」いや笑った笑った」



「日本のプロレスは力道山、馬場、鶴田!」とか吐かしてやんの。若林は教科書改ざんの文部省か?」 



「橋本がG1で、馳の死んだふり作戦にやられた時。その後、「橋本は、悔しそうに語ってましたよ。」という辻アナに対して、マサさん「そんなに悔しけりゃ、勝てば良かったのにねぇ。」と皮肉たっぷり。辻アナ「・・・。それが、できたら苦労しないじゃないですかー!」と逆ギレ」



「馬場VSリソワスキーのときリソワスキーを紹介して、「この人は、ビールを24本までは数えて飲むそうです。」とやってくれた実況です。「あと何本飲むかわからねーぞ。」という底知れなさと、「いちいち数えてられねーよ。」という奔放さを「までは」という一言で表現してみせたセンス、恐れ入りました」



「大阪城ホールの際、海賊男に手錠をつけられたマサ斉藤が会場に乱入 「猪木ー。もういちど俺とやろう! 男なら死ぬまでやろう!」 などとアピール。 そして、なぎらけんいちに手錠をかけ「お前、こんなんで戦えるか!」とせまる。 スタジオにいたのは、プロレスに詳しくない方ばかり。 もともとこの番組スタイルは、アメリカの番組で成功しているものを輸入した形で始まったもので、アメリカを 知り尽くしているマサが番組を盛り上げようと必死なものの、会場の反応はさっぱり。あげくのはてには静まり返り、マサもどうして いいかわからず退場。 そして、山田邦ちゃんあたりの「と、とりあえず、拍手しておきましょう。」 などという言葉と共に、ぱらぱらと拍手がおこる。 ああ、マサ、君の心を分かる芸能人がいれば・・・」



「「(プロレスに携わる者は、まずはファンを第一に考えなければ駄目なんだよ。)馬場さんは常にこの言葉を胸に、明るく激しく楽しいプロレスをリング上で見せてくれました。 7年間プロレス中継に携わった者として、あまりにも早い・・・。」ズームイン朝のオープニングでのリレー中継前の福沢アナのコメントです・・・。彼も堪えてましたね。涙を」





「「三島由紀夫も長嶋茂男もビートルズも早すぎた。しかし我々にはアントニオ猪木がいた!」「藤波よ、愛で猪木を殺せ!」・・・古舘は偉大です」


「よく記憶していますが、デストロイヤーは徳光アナにも4の字をかけていました。徳光さんはマイク を持ったまま実況中継をやって「だんだん意識が朦朧として参りました」とか言っ て、マジで苦悶の脂汗を流していたのが笑撃的?でした」



「解説は田鶴浜弘さんです。実況はわたくし・・と倉持アナが進行しようとしているのに突然遅れて「どうぞよろしく!」と絶叫してしまう田鶴浜さんから目が放せませんでした」



「あの映像(オールスター戦・BI砲)は、権利関係の問題がややこしく、本当に無事オンエアできるものなのか、直前までもめていました。それに、今まで封印していたものを馬場さんがなくなったから、といって興味本位でこのような番組で見せちゃっていいものか、皆さんの反感を買うんじゃないだろうかとも考えたのです。そんな心配は必要なかったようですね」
(註:某報道番組担当者の書き込み)



「倉持アナといえば、いつだったかのタッグマッチで、技をかけるタイミングがずれて変な当たり方をしたときの実況が印象深いです。 倉持アナ:「馬場さん、今のように斜めからあたるのも、かえって痛いんですよね!!」 (みえみえながら懸命のフォロー)
 馬場さん:(不機嫌そうに) 「いや、今のは単に技を失敗しただけです」
 倉持アナ: 「..............(気まずい沈黙)」」



「「人生プロレス」。ズバリ言ってシナリオはマニアックなファンにとっては面白いです。梶原一騎が暗躍して格闘技団体ができたりするところとか、マニア泣かせ」




[少年たち]

「当時ムタのファンだったのでペイントしよーと思ったんですけど、なにでペイントすればいいか判らず考えた結果、サッカーのサポーターが顔にしてるのをサッカーショプで買っていざ試合へ。『そんなん服に付いたら汚れるやん。」嗚呼その一言で僕のムタは、お倉入り」



「いたら怖い、垂直落下系を使う小学生」



「一番競いあって使った技は「夏期限定ミサイル・キック」プールで飛び込み台から飛んでました」



「グレートカブキが大人気で、みんなで毒霧を噴くときの指の第一関節だけをまげるヤツがマネしたくって練習しました。今でも両手のすべての指曲げられます」



「@首四の字固めA腕拉ぎ逆十字固め×2人B足4の字固め計 28の字固め これが出ると、先輩達は終了のゴングを打ちならし、優しく「じゃ、ランニングいくか!」と校庭を走るのでした」



「今もたまに、プロレスごっこしています。友人は、ブルーザー=ブロディ師匠のファンなので、ギロチン落とされます。しょっぱい大人ですんません」

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