Q2.原初的南京事件での死者数はどのくらいでしょうか。
A.前述しました26件(53人)を発生推移を南京城内に設けられた安全地帯の内と外でまとめたのが図-2です。
ところで、最近『週間新潮』(平成19年3月8日号,47頁)に下記の死者数が報じられました。
<当時「南京の死者2万人」と中国は「国際連盟」で演説していた>
記事によると、演説時期は昭和13年2月2日、国際連盟第100回記第6会議の「支那問題に関する決議」とあり、さらに次のことが記載されています。
<・・・南京や杭州でのこの虐殺事件は1938年1月28日のデイルーテレグラフやモーニングポストに掲載されたアメリカの教授や宣教師の寄稿記事に見られるものであります。・・>
この記事のいうアメリカの教授とはベイツであり、宣教師はマギーのことを指しています。「国際連盟」以外の場で、彼らが国民党の国際宣伝の役目を果たしたことが分かります。
Q3.死者数4万人は何処から出てきたのでしょうか。
日本軍は2月始めから3月15日を目処に南京城内外に散乱していた中国人の死体の埋葬作業を開始します。日本軍の指揮の下で、南京の慈善団体「紅卍字会」が埋葬作業を担当しました。その記録として「紅卍字会南京分会救済隊埋葬班死体埋葬数統計表」が残されています。総数で、43、071体(約4万3千体)です。
埋葬数を城内・城外別に、男性・女性・子供の区分毎に合計したものが図-3、図-4です、城外は城内の23倍の埋葬数です。圧倒的に城外が多いことから、中国兵の戦闘による死体を埋葬したと考えるのが自然です。
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