C表4 事件の記録者


匿名記事

署名記事

件数計

252

265

517

期間を通じて,多くの事例は記録者の名前が記されておらず、委員会の人によって認証されていない。

D目撃された事例


目撃事件

非目撃事件

件数計

30

487

517

 

 

 

 


国際委員会の委員及びこれに準ずる人によって目撃された事件は少ない。
殺人事件においては、目撃された事件はわずかに1件 で,それも合法的な処刑であった。(185号事例)

E被害者名の記載


名の記載無

記載あり

件数計

202

81

283

 

 

 

 


殺人、強姦、拉致、傷害の人的事件283事例ではでは被害者名の記載のないものが多い。


F事件の場所


場所不確定

場所不明瞭

場所確定

件数計

36

75

123

234

 

 

 

 


略奪、放火、侵入、その他の物的事件234件では、事件の場所の記載のないものが多い。
(以上の表は端書きで述べたデータベースから簡単にできる。)

物的証拠の必要な被害については"文書"の指摘も慎重である。

 殺人には死体という物的証拠が必要である.日本側に兵士の殺人を告発しても、証拠となる死体の存在の有無を問われたら、その用意が無ければならない。従って委員会の殺人に関する指摘は慎重にならざるをえなかった。放火も物理的に火の手が上がるし、焼け跡が残らなければならない。傷害にも傷跡と言う証拠が必要である。故に『安全地帯の記録』の挙げる殺人事件は僅かに26件であり、放火は只の4件、傷害は39件で、証拠の要らない強姦175件、略奪131件と著しい対照をなしている。東京裁判では、之が逆転して殺人は20万人余、強姦は2万人となっている.当時現場の南京にいた人々を納得させるには、れっきとした証拠が必要であるのに対し、十年近く経過した後では(偽)証人の証言だけでも証拠となるからである。

 『南京安全地帯の記録』という文書は事件の発生時に書かれており、歴史の研究においては一次資料と考えられている。そこには放火に関する記事はこの様に僅かであるが,東京裁判ではこれが全市の3分のTが日本軍によって焼失されたと肥大化されている。このような告発は、告発者と同じ場所に同じ時に住んでいた人にたいしては、物的証拠なしにはなしえないのである。
強姦、略奪については、物理的な挙証はいらず、反証も困難であり、本人の申告に頼らざるをえない。このような事件では、噂話のようなものでも、検証する事無しに、日本側に提出できたであろう。

4、 結論
この『南京安全地帯の記録』という文書は当時のいわば公式記録であり、そこに記載された日本軍兵士の悪行とされるものは、之が全てといってよく、当時の南京城内の状況から見て安全地帯国際委員会に報告されない之以外の事件はないものと思われる.しかもこの記録の内容を分析すれば、これらすべてを、日本軍兵士の所行とされる根拠はなく、むしろ日本軍兵士の所行とされるべきものは、少ないというのが、我々の結論である。
しかもこの文書の事件の伝えるところをそのまま認容しても、それは決して後年の大虐殺説の伝えるごとき非難は間違っていることを証明するのである。

 イ.南京軍民の20万(*1)、30万人(*2)の虐殺(本論文の附録に示す如く、当初20万の人口がすこしも減少していない事がその 反証である。)
ロ.2万人の強姦や(*3)
ハ.人と見れば殺し、女と見れば犯し(*4)、一晩1000人の女を犯し(*5)(警備の日本兵は1600人にすぎなかったことがその反証)
二.街の3分の1を焼失,破壊せしめ(*6)(火事の記録は夜が殆ど。南京へ帰還した人の住居はちゃんとあった)

  ホ.難民から根こそぎ奪う(当時、日本人の方が1人あたり国民所得ははるかに多かったので南京住民の持ち物で日本兵の欲しいものは殆どなかった)(*7)
等々は皆虚説である。
ヘ.またここでは市民にたいする暴行だけが取り上げられており、後年の如く、軍民合わせての不法行為を問題にしているのでないことも、注目される。
*1:速記録(日本語版)p768
*2:南京の虐殺記念館の壁にかかれている。
*3:ティンパーリp61。速記録(日本語版)p768
*4:「証言・南京大虐殺 戦争とは何か」p14
*5 「南京事件資料集1「アメリカ関係資料編」p242エスピー、p256マッカラム
*6:速記録(日本語版)p768
*7:当時の一人あたり国民所得については、丹羽春喜p65

この原始的文書が伝える事件を筆者は「原初的南京事件」と名づけたが、後になってこれがティンパーリの『戦争とは何か』や東京裁判の「南京暴虐事件」に根拠もなく拡大増幅されたのである。ベイツ(ティンパーリー)について言えば1冊の著書の17頁と173頁で、全く矛盾することを平然と述べることによって、それは達成されたのである。ベイツは同書の冒頭17頁では南京全市で殺人が行われたといい、173頁では事件が起こったのは安全地帯の中だけである,その他の所は無人であったといっているのである。

以上の如く、世に言う「南京事件」なるものはなく、あるとすれば「南京安全地帯の事件」であり、その内容も疑わしいものが多く、殺人事件に至っては目撃された事件は正当な処刑1件(『南京安全地帯の記録』第185号の事件) だけであったのである。

南京安全地帯国際委員会がこのように根拠薄弱な事件を言い立て「安全地帯の記録」に集めたのはなぜであろうか。

委員会は中国人に働きかけて、日本兵の不法行為の事例や噂を報告させ、これを日本軍に抗議の文書として提出したのである。委員会の動機は何であったであろうか。委員会はこれによって安全地帯での主導権を握り、中国人を助けたという実績を残したかったのである。国際委員会を牛耳っていたのはアメリカ人宣教師たちであったので、彼らはそれによってその後の布教活動を有利にする意図であった、と筆者は推測する。
すなわち原初的南京事件は残留宣教師と日本軍との間に起こった争いであり、中国側と日本との争いの結果生まれたものではなかった、のである。

第三章 安全地帯,国際委員会,南京事件の消滅
国際委員会はこのように日本兵、日本軍当局を誹謗する噂を集め、それを流したので,日本軍は国際委員会をついに「難民を掌握し、害意ある宣伝をする」「害あって益なき存在」(*1)、なので、その活動を掣肘し、抑止し、停止させることとした。

 まず、日本軍の息のかかった自治委員会を中国人につくらせ、国際委員会と同じ業務を取り扱わせる事とした。更に国際委員会の重要な業務である食料の配分販売を一月十日よりこの自治委員会に専行させることとした。このことをある中国人は「委員会の効能を瓦解させる為だ」と評し(*2)、委員会は猛烈な抵抗をしたのである。更に2月になって、日本軍は委員会の業務の基盤をなす安全地帯そのものを解消させる事とし、これを強行した。前述の如く委員会はこれに猛烈に抵抗したが、すでに住民の心も委員会から離反し、委員会の締め付けももはや住民には及ばなくなり、安全地帯を立ち去る住民はますます増加し、それにつれて委員会の力はどんどん低下して、ついに国際委員会は政治的な動きを諦めて、住民の救済活動だけに専念することとなり、名称も「国際救済委員会」と改め(*3)、住民も日本軍誹謗の情報を委員会に提出しなくなり、南京事件もここに終焉することとなったのである。皮肉な言い方をすれば住民が南京市内に散らばることによって(委員会の統率力は弱まり)、南京事件は終わることになったのである。この間の委員会の感情の動揺を委員長ラーベの日記に見ることとしよう。
ラーベは南京市長が南京をさるにあたって、その行政権を国際委員会の委員長であったラーベに託すると「市長になったようだ」とも思い、また対抗馬の自治委員会ができ、それに業務を順次移管する要請を受け米販売の運転資金を譲るように養成されると、「こちらは、委員会には何一つ引き継ぐまい。粘れるだけ粘る」と記し、また米の販売を巡る日本側との争いや、また安全地帯の強制的な消滅に際しては「果てしない日本人との戦いに、挫けてしまいそう」と書きまた、「収容所の強制閉鎖にくる日本軍は人殺し部隊」、「かかる蛮行は世界に伝えたい」と憎悪をあらわにしている(*4)。しかし国際委員会の業務はついになくなり、ラーベは委員長の職を解かれ、故国ドイツに帰って行くのである。
*1:『南京虐殺研究の最前線』平成16年版、展転社、p82
*2:『中国関係資料編』p117
*3:『安全記録』p166
*4:『ラーベ』p154、p218、222、223

『南京安全地帯の記録』はその開巻第一頁文書第一号において、国際委員会 は自分たちが安全区の行政権(住居、食糧の配分権、警察権など)などを握っている現状を述べ、日本軍の了解を求めている。そしてその最後の文書第六十九号においては、その行政権を喪失した現状ではその名称を“Nanking International Relief Committee” (南京国際救済委員会)と二月十八日に変更することを決定したと述べており、この文書で『南京安全地帯の記録』 は終わっているのである。
 すなわち『南京安全地帯の記録』は安全区の行政権をめぐる日本軍と国際委員会との争いの歴史を記録したものであり、そこに述べられた日本軍兵士達の非行 はこの争いを有利に導く国際委員会の一つの手段であったのである.従ってそれは日中戦争の本質に根ざしたものでもなく,日本軍兵士の基本的性格に根ざしたものでもなかった。そしてそれは何よりも安全区の中の事件であったのである。
 これを南京の事件に広げ、虐殺を主体とした日本軍の残虐性を示すものとしたのが中国政府の戦争宣伝であり、またアメリカ占領軍の占領政策の基本をなすものであった。そしてそれは以上述べた如く誤謬に基づく偏見であったのである。中国政府は口では日本との互恵平等の外交関係を述べながら、未だにこの南京事件に対する考えを,改めようとしない。そのような基本的な考えの基に、真の互恵平等の外交関係が構築できるものであろうか。 

(以上訳文は拙著 『“南京安全地帯の記録”完訳と研究』展転社平成十六年による。)

以上        


附録 原著に表れた人口数の記事 (序文のデータ・ベースより転写した)

  1. 『南京安全地帯の記録』

日付

記  事

人口 数千人

17

12.17

日本兵の秩序の回復がなければ、20万の住民から多数の餓死が出るのは不可避、と委員会

200

18

12.18

20万市民の苦難と欠乏…

200

20

12.18

委員会22人で中国人20万人を養う事は無理。と委員会。

200

48

12.21

南京市民20万のために次なる手段が必要

200

49

12.21

委員会が20万人を養う食糧は1週間分しかない?

200

57

12.27

市民20万人を養う為の2万タンの食糧。

200

84

1.14

市の人口はおそらく25万から30万。

250
~300

87

1.17

25万人の需要を満すには1日千袋の米が必要.

250

90

1.19

この市の市民25万人が養われている。

250

90

1.18

25万の住民に対しては在庫は豊富なのに食糧の放出が少ない、

250

93

1.19

25万人の毎日の米の消費量は・・・2000トン

250

95

1.22

国際委員会は中国市民25万人の福祉救済委員会だ .

250

97

1.22

25万人の1日必要食糧は米1600袋。と委員会。

250

112

1.28

南京の難民25万人。

250

112

1.28

然し15万7千ドルでは今市内在住の25万人の困窮を救うには大したことはできません 。

250

164

2.10

委員会のメモ:人口25万人には1日米1600袋が必要。

250

 

2.『戦争とは何か』


22

12.24

我々には20万の避難民を養うだけの食糧しかない。

200

23

12.24

100万あった南京住民の内残留した20万人が避難できる場所。?

200

62

1.10

約25万人がほとんどこの安全地帯にいて、内10万人が国際委員会に食糧と避難所を依存している。.

250

                               

 

 

 

 

【引用文献目録】 
(序文)
○ティンパーリ、1938 『戦争とは何か』What War Means - Japanese Terror in China. London: Victor Golanz Ltd., 1938.
○北村稔、2001 『「南京事件」の探究』文春文庫 平成十三年
○東中野修道、2006 『南京事件 国民党極秘文書から読み解く』草思社、平成十八年
(第一章)
○速記録(日本語版)極東国際軍事裁判速記録 昭和四十三年 雄松堂書店
○速記録(英文)Pritchard, R.John and Sonia Magbanua Zaide, ed. Tokyo War Crimes Trial. New York: Garland Publishing Inc, 1981.
○冨澤繁信 『南京事件の核心』展転社、平成十五年
○安全記録:『南京安全区?案』徐淑希,? Documents of the Nanking Safety Zone. Kelly & Walsh, 1939. 重慶 国際問題研究所の援助により編纂 
○ラーベ The Diary of John Rabe 『南京の真実』講談社1997
○ダーディン特電 インターネットで検索して確認済み
○戦史 『南京戦史』偕行社 平成五年
○戦史資1:『南京戦史資料集T』偕行社、平成五年
○戦史資2:『南京戦史資料集2』偕行社、平成五年
○『証言・南京大虐殺』 中国・南京市文史資料研究会編 青木書店より翻訳書出版 1984
(第二章)
○アメリカ関係資料編 『南京事件資料集1アメリカ関係資料編』南京事件調査研究会編訳、一九九二、青木書店
○丹羽春喜『スマイス報告について』大阪学院大学経済論集 平成七年八月
(第三章)
○中国関係資料編.『南京事件資料集2中国関係資料編』南京事件調査研究会編訳、一九九二、青木書店
○『南京虐殺研究の最前線』平成一六年版 南京特務機関報告二 第二回報告

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