ヨーロッパ旅行 (その2)

スペイン・ポルトガル編
スペイン国旗
ポルトガル国旗

2008年(平成20年) 5月9日(金)スペイン・ポルトガルの旅(第2日目) 

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ス ペ イ ン   基 本 情 報
正式名称 Estado Espanol(エスタド・エスパニョル)
首都 マドリッド
面積 504,782Ku(日本の1.3倍)
人口 約4千3百万人(日本の約1/3)
通貨 ユーロ(1ユーロ=¥166)
時差 日本よりマイナス7時間
(サマータイム中 3月から10月)
公用語 スペイン語(カスティーリャ語とも呼ばれる)
宗教 カトリックが94%を占める
主なスポーツ サッカーが最も盛ん。自動車レース(F1)、テニスも有名。
気候 北部:冬は温暖で夏は涼しい。
中央部:マドリッドやトレドなどがある。夏は暑い。昼は40度を超え、冬は寒さが厳しい。雨も降らない。
地中海沿岸:温暖で過ごしやすい。
スペインの世界遺産 今回訪れる各地のを含め、全部で37ヶ所ある。
日本からの乗り入れ 日本からの直行便はないので、まずヨーロッパの主要都市へ飛び、そこでマドリッドやバルセロナ行きの飛行機に乗り換える。

 

◎ 本 日 の 予 定
 場 所  概 要
シッチェス 朝食 ホテル:アンテマーレのビュッフェ
バルセロナへ移動 バルセロナへ約43Km(約1時間)
バルセロナ 観光 (約4時間) カサ・パトリョ
カサ・ミラ
【世界遺産】サン・パウ病院
グエル公園
【世界遺産】サグラダ・ファミリア
       (聖家族教会)
昼食 レストランで魚料理
バレンシアへ移動 バレンシア近くのカステリョンデプラナへ約294Km(約4時間30分)
カステリョンデプラナ 夕食 ホテル:アバ・カステロンにて
宿泊ホテル

アバ・カステロン

 

◎ バ ル セ ロ ナ   豆 知 識

バルセロナは、首都:マドリッドについで、スペイン第二の都市です。
人口は約170万人。紀元前6世紀頃ギリシャ系フォセオ人により築かれたとされ、のちのカルタゴ、ローマの植民地時代を経て、地中海貿易の拠点として大いに発展してきました。
カタルーニャ自治州政府が置かれる州都で、19世紀後半からの工業化により目覚しい経済発展を遂げ、今日ではスペイン一の商工業地域となっています。
1888年と1929年の2度にわたる万国博覧会の開催、そして、1992年のオリンピック開催を契機にこの都市の豊かな経済力や進んだ都市計画が世界的に知られるようになりました 。
バルセロナが属するカタルーニャ地方では、「スペイン人である前にカタルーニャ人である」と言われる程、地方色が強く、独自の歴史、文化、習慣、言語をもっています。地元民同士の会話は一般的にカタルーニャ語で、表示や看板の多くはカタルーニャ語とスペイン語(カステヤーノ)で併記されています。

街並みは、大きく分けると、2つになり、13〜15世紀のゴシック建築が多く保存されている旧市街「ゴシック地区」と、都市計画で区画され直線道路が碁盤目状に走る新市街「レシャンプレ」と呼ばれる地区からなります。

また、このバルセロナを筆頭にカタルーニャ州では古くから芸術活動が盛んで、建築家ガウディに代表されるモデルニスム(現代主義)芸術誕生の地としても知られています。
市内にある美術館・博物館の数は70を超え、街角でも身近にピカソやミロなどの作品を目にすることが出来ます。

 

訪  問  地 詳    細
シッチェス

6:45
起床

7:30
朝食

朝の3時半頃に、一度、ウグイスのような鳥の声に起される。
それで、外を見ると、雨だ!観光初日が雨とは、ついていない。小雨で、温度は19度。少しばかり涼しいので長袖にする。

朝食は、泊ったホテル:アンテマーレのビュッフェ・スタイルです。
この方式は、もうアメリカ旅行や前回のヨーロッパ旅行でもお馴染み。
パンやハム、ベーコン、玉子焼き、コーヒー、紅茶、オレンジ・ジュース、トマト・ジュース、時にはリンゴ、ブドウと果物も各種ありで、いろいろと選べて大変に便利。特にスペイン料理では、ジャガイモの半分つぶしたのがあった。
砂糖付けのクロワッサン風のパンが美味い。
*コーヒーが苦い!
 本当にヨーロッパのコーヒーは苦い。日本のが薄いのか? かなりミルクと砂糖をいれないと舌に響く。

8:45
出発

雨が降っている中を、バスでシッチェスから、バルセロナへ向かう。

シッチェス(Sitges)とは聞いたことがない地名でしたが、後で調べると、海岸が有名なリゾート地で、海水浴用に有名人の別荘もあるとかです。

 シッチェスは、バルセロナの西側の海岸沿いにありますので、昨日は、バルセロナを通ってきたことになります。
 戻る方向に位置してます。

 

*観光バス
  大型の観光バスで、左右2列です。今回の参加者は23名で、みんなが、左右に1名独占しても良いほどの広さです。
  でも、座席は外人仕様なのか、また、私の足が短いのか、床に着きません。(クヤシーッ)

*観光バスのトイレ
  この観光バスにも、トイレがついていますが、全然使われません。どうして?

*スペインの道路
  ヨーロッパ大陸では、日本と違って自動車は右側通行です。

バルセロナ
10:10
頃から

バルセロナの街に入って来ましたが、雨は止みません。

*これは、ガウディの後期の作品「カサ・パトリョ Casa Batllo」。(写真はイメージです)

*ウンチク:「カサ Casa 」とは、スペイン語で「家」の意味です。
  バルセロナの繊維界の富豪「バトリョ Batllo 」さんのためにガウディが、1906年内装を改築しました。

*スペインの家
  ブロック全体が、1つの連続した建物となっていて、隣の建物と壁も繋がっています。
   特に大富豪でも隣と離れた建て方はしていません。
  この建てかたは、土地が余っている田舎でも普通のようです。
   多くの場合、高さも同じようです。

 

 

少し、雨は小降りになって来ました。

次は、「カサ・パトリョ」のところから、ちょっとばかり北にある、「カサ・ミラ Casa Mila 」をバスから降りて見学です。
「ミラさんの家」です。
山をイメージしたガウディの1906年〜1912年の作品です。
 中には、入っていません。(博物館らしい。)

屋上にある突起は換気用です。

 

 

*無線イヤーフォン・ガイド機「耳太郎」は便利
  今回の旅行での現地ガイドさんの説明は、無線のイヤーフォン・ガイド機を使って行われています。
  ヨーロッパでは、添乗員はガイドができません。たとえ、知っていても必ず現地のガイドが必要です。

  これは、ツアー参加者がガイドさんのそばにいなくても説明を聞きながら写真を撮ったりと、大変便利です。
  また、ガイドさんも大声をださなくてもいいので、教会などの建物内での説明にも効果を発揮していました。

*しかし、電池が重い!
  単3の電池2本が入っていて稼動してますが、これを参加者分(23人)と予備の電池も運ぶのは、添乗員さんの役目ですが、重くて大変とのことです。
  そこで、出発前の成田の空港で配られます。

*あまり多くの電池を持っていると、不審者に間違えられる!
  それは、あり得る話です。添乗員さんはいつも搭乗ゲートの審査では時間がかかっていました。

 

 

【世界遺産】サン・パウ病院 Hospital de la Santa Creu i Sant Pau」
つぎは、世界遺産として登録されているサン・パウ病院です。

*ウンチク:この病院は、カタルーニアの銀行家パウ・ジウの寄付によって建設されました。
 設計は、ガウディのライバルと言われる建築家:ドメネク・イ・モンタネール(Domenech i Montaner)と彼の没後、息子の指揮により、1902年から30年近い歳月をかけて完成しました。

*広い病院の敷地内には、様々なオモチャのような棟があります。(40近くあるとか)
  1つの街のようなのですが、入ったのは入口付近だけです。
  現在も、実際に病院として使われています。
  後方に、コンクリートの現代的なビルも建築中でした。

 

 

サン・パウ病院は、サグラダ・ファミリアの真北に位置してます。
遠くに見えているのが、 サグラダ・ファミリアです。

雨は、降り続いています。

  *バルセロナは坂の街
  地図と観光の案内では分からなかったのですが、バルセロナはかなり急な坂の街でした。
  南で海に近い旧市街は比較的なだらかな所に位置してますが、このサン・パウ病院から次のグエル公園などに行くときなど、バスでも急な坂道と感じるほどでした。
 

*「グエル公園 Parc Giiell 」にやって来ました。
  サン・パウ病院から、北側へ坂道を登ってきます。
  晴れていれば、眼下にバルセロナの街と地中海を望める高台にあります。

ここは、ガウディがそのスポンサーであったグエル伯爵と組んで、分譲住宅を販売しようとした場所ですが、うまく売れずに、当時のモデル・ハウスや遊園地が公園として保存されています。

どんな、作品かと言うと、下のようなものです。遊び心が一杯のデザインでした。

   

★不動産屋からの一言
  日本でも、普通の間取構成とは異なった、ユニークな設計のデザイナー住宅があります。
  若い人や芸術家風の人には人気がありますが、みなさん長期には住み続けません。
  住み心地が悪いとのことです。
  生活するには、多くの意見が集約された平凡な間取が最終的には合っているようです。 

 

 

*旧市外の「カテドラル Catedral 」
  予定表にはないのですが、旧市街の中心にあるカテドラルです。

カタルーニァのゴシック様式です。13世紀末から15世紀に造られ、正面は20世紀に完成しました。
現在修理中でした。

 

*以下は、カテドラル付近の様子です。
  狭い路地が迷路のように連なっています。

  実際、私はこの迷路にはまり込み、近くにいるのに、元のカテドラルに中々戻ることができず40分もかかってしまいました。

  ご心配をかけた添乗員さん、そして、同行のみなさん、済みませんでした。ごめんなさい。

  
 

そして、

もういうまでもない、【世界遺産】「サグラダ・ファミリア教会 El Temple Expiatori de la Sagrada Familia 」です。(写真はイメージです)
  日本語では「聖家族教会とか聖家族贖罪教会」と訳されていることもあります。

*ウンチク:民間カトリック団体「サン・ホセ協会」が、貧しい人々のために聖家族に捧げる贖罪教会として建設を計画したものです。
  もともとは、1882年に建築家フランシスコ・デ・ビヤールがネオ・ゴシック様式で建築に着手し、9年後の1891年からアントニオ・ガウディが責任者として引き継ぎました。
 そして、 彼の没後(1926年)も未だに建設中の教会です。
完成に必要な年月は後100年とも200年とも言われています。
現段階では3つのファサードが完成しており、東は「キリストの生誕」、西は「キリストの受難とその死」、そして一番大きな南のファサードが「キリストの栄光」を示しています。
  各ファサードの鐘楼は12使徒に捧げられ高さは100mを越えます。この鐘楼へは階段またはエレベーターで昇ることができ、上からはバルセロナの旧市街を見下せる展望台になっています。
  ここは贖罪寺院のため、建設当初から建設資金は寄付やお布施のみで賄われています。

 

完成予想の立体模型ですが、だれも、こうなるとは予想していません。(写真はイメージです)

*日本人も参加している。
  日本の福岡出身の外尾 悦郎(そとお えつろう) 氏の彫刻で、2000年に完成させた「生誕の門」が、2005年、アントニ・ガウディの作品群としてユネスコの世界遺産に登録されています。

*蛇足ながら、2006年、直下に高速鉄道AVEのトンネルを建設する計画が持ち上がり、教会側は地元自治体などにトンネル建設中止の働き掛けを要請している。
  この騒ぎで教会が市の建築許可を受けていないことが判明し、違法建築であることがわかった。

*日本人なら、もう完成させている?!
  何と、着手から120年以上もたっているのにまだ完成していないとは。
  しかも、建築設計書もないという!
  これが、現代人に欠けている「夢」を感じさせる所以のようだ。

13:30
昼食

*市街のレストランで「魚料理」を食べました。
  ますの1種のようで、小骨が多く、また味付けが物足りませんでした。
  お米のスープやシュークリームのデザートもでました。このシュークリームは美味しかった。

 魚は、檸檬をきかせるともっと美味しかったかも。

14:10

次の目的地、バレンシアへ向けて、出発です。

 これから、バレンシアの北方60Kmにあるというカステリョンデプラナに泊りますので、約294Km、約4時間30分のバスの旅です。

*懐かしい歌手:マリアンヌ・フェイスフルの看板があった。(写真左側の女性)
  といっても知らない人が多いでしょうが、1965年のヒット曲「可愛い小鳥 This little bird 」は、日本でも流行りました。

 

 

小雨の中、バスは、左手に地中海を望みながら、海岸線を南下して行きます。

バルセロナの港には、超豪華客船が何隻も停まっています。
地中海クルーズは、人気があるようです。(私は、船に弱いので興味がありませんが。)

バスの右手に、モンジュイックの丘があります。お墓です。
この向こう側には、1992年に開催されたオリンピック関係の施設があります。
ここまでが、バルセロナの街でした。

カステリョンデプラナ へ
 

*ドライブ・イン(トイレ休憩)
  スペインでは「オートグリル Auto Grill 」の看板が出ています。
  中では、軽食もでき、その土地の特産品、またオモチャや音楽CDなども売っています。

*トイレは無料
  ドイツ・フランスなどでは、トイレ使用でチップが必要でしたが、 ここスペインのトイレは、全部無料でした。

 

 

*スペイン カタルーニャ地方からバレンシア地方への風景
 片側3車線の高速道路を時速100Km平均で観光バスは走っていきます。最高速度は120Km/時間のようです。

 右側は、オリーブの畑と時々オレンジとみかんの畑があります。牛や羊などの家畜は全然見当たりません。

*他のヨーロッパの国と比べて
  村と目立つ教会が殆どありません。またその村もドイツのように砦に囲まれていません。

カステリョンデプラナ
19時頃

カステリョンデプラナのホテル;アバ・カステロンに到着です。

雨は止みました。
夕食まで時間があったので、ホテルの周りを散策です。

ホテルは、駅:カステリョンの向側に位置してます。

 

駅の中です。

カステリョンは地下駅で、余り利用客はいませんでした。
丁度、列車が入って来ました。(オモチャではありません。実物です。)

 

*ホテル:アバ・カステロン(カステリョンと同じ。スペイン語では、Casetellon)
  昨晩泊ったホテル:アンテマーレより、広くてきれいでした。

 

*まだ、明るい!
 夜の9時半ごろまで、明るさがあります。

 

20時

*夕食
  泊ったホテル:アバ・カステロンで「ステーキ」を食べました。
  サラダは美味しかったのですが、メインの「ステーキ」は固くて、不味かった。

 

2008年 5月9日は終わりです。

◎雨の観光スタート
  この時期のスペインでは、雨は余り降らないと聞いていたが、一日中降っていたのは残念だ。
  デジカメも晴と雨では、色の出が極端に違う。ホーム・ページに載せているのは、写真編集用のソフトを使用しているので、誤魔化している。

◎外国で迷子!
  イヤー、まったく参った。
  旧市街のカテドラルからチョットばかり入ったところで、行った道とは違った経路で戻ろうとしたが、いつまでたっても、イメージしたカテドラルの正面に着かない。
  昔の街は、防御のために、路が細く曲がっていたのだ。
  そう、迷路です。知らないうちに、大きく別のところに連れて行かれていたのです。
  集合時間は迫るので、走って元に戻ろうとするが、また、別の所にでる。
  地元の人に、あちらこちらで「カテドラル」と聞くけど、日本人の発音では通じない!
  また、走る。何度か見覚えのある同じ場所を通るが、どうしてもカテドラルの正面には近づけない。
  どうやら、警官の派出所があり、ヤット、「カテドラル正面」の言葉が通じた。
  そこで、狭い路を曲がってどうにか、待っていてくれた添乗員さんに会えて、その後の旅が出来ました。

◎迷子の後日談 −1−
  宿泊先や連絡先も全部バスの中にあり、もしも添乗員さんに会えなければどうしたか?
  その時は、別に心配をしてませんでした。
  スペインで迷子になっても、具体的ではないのですが、警察や日本大使館へ連絡を取るなどの方法で、連絡はできるとボンヤリと考えていました。
  でも、これを教訓に、すぐに現地の連絡先と、添乗員さんの電話番号をメモして、財布に入れました。

◎旅の教訓
  旅行先では、すぐに現地の連絡先と、添乗員さんの電話番号をメモして、財布に入れておきましょう!

◎迷子の後日談 −2−
  カテドラル付近を、必死に走りまわったので、筋肉痛になった!
  太股からふくらはぎが、2,3日痛くて、階段を降りるのが辛かった。

◎迷子の後日談 −3−
  この事件の後、私は添乗員さんからピッタリと行動をマークされていたのは言うまでもありません。

◎バルセロナで特異な建築が流行った訳
  金持ちが多く住んでいたが、土地は限られていたため、建物の外観をユニークな物にして目立たせ自分の財産を見せびらかしたようだ。

◎アントニオ・ガウディの死
  バルセロナで有名な建築家ガウディですが、彼の最後は、鉄道の踏み切りの側で、汚い着物を着て死んでいたため、浮浪者として扱われていたとの事です。

◎カステリョン・デ・プラナと言う場所
  これも、1日目のシッチェスと同じように、有名な場所ではありません。
  どこにあるのか、具体的に調べました。
  正式のスペイン名は、Casetellon De La Plana(カステリョン・デ・ラ・プラナ または カステジョン・デ・ラ・プラナとも。スペイン語の Casetellon の「llo」は、地元でも発音が統一されていないとのこと。カステロンとも) と言い、バルセロナとバレンシアを結んだ道の、バレンシアまであと60Kmという場所です。

◎バルセロナからカステリョン・デ・プラナへの約294Kmという距離
  単純にバスに乗っていますが、この距離は、日本でいうと、東京から北へ行くなら、仙台の手前で、南なら浜松の先の距離です。長いでしょう。

◎ヨーロッパ人が食事に時間をかける訳が分かった!
  今夜のホテルのステーキを食べていて、どうして日本人と比べて、ヨーロッパの人たちは、食事時間が長いのか分かった。
  それは、肉が固いので、噛むのに時間がかかるためです。(でも、この説は公表されていませんので、世間には言わないように!)

 

 
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