ヴェトナムとアンコール・ワット   7日間の旅行記

2010年(平成22年)  7月11日(日) 第4日目 

カンボジア、アンコール・トム、アンコール・ワット観光

(その1 アンコール・トム〜昼食まで)

2010年7月11日(日)の観光で、アンコール・ワットなど午後の部は、次にあります。
長いので、7月11日は2ページ構成になっています。

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カンボジア 

 

●カンボジア基本情報
カンボジアは、インドシナ半島の中央にある小さな王国で、首都はプノンペン。東側でヴェトナム、北側でラオス、西側でタイと国境を接している。南はタイ湾に面している。
 大河メコン河が流れ、東南アジア最大の湖であるトンレサップ湖がある。
 現在の政治体制としては、立憲君主制。
 クメール・ルージュによる内戦時代の大虐殺(100万人以上。300万人が犠牲になったとの説もある。)で、農業を始めとする経済活動も大きく停滞したが、最近はアンコール・ワットを中心とした観光で安定してきている。なお、第二次世界大戦でのドイツ、ナチスによる大虐殺の被害者数は、100万人から150万人と言われています。
 日本からの経済援助額も大きい。
国名 カンボジア王国 (Kingdom of Cambodia))
面積 18万1,035ukm(日本の半分)
人口 約1,338万人(2008年時点)
首都 プノンペン
民族 クメール(カンボジア)人(約90%)、他にヴェトナム人、華人など20の少数民族
言語 クメール(カンボジア)語
宗教 クメール人は仏教(主にタイやミャンマーと同じ上座部仏教)、ほかイスラム、カトリック教。
略史 1884年 フランスの保護国となる
1953年 カンボジア王国としてフランスから独立
1970年 ロン・ノルら反中親米派、クーデターによりシハヌーク政権打倒。王制廃しクメール共和国樹立。
     親中共産勢力 クメール・ルージュとの間で内戦。
1975年 クメール・ルージュが内戦に勝利し、民主カンボジア(ポル・ポト)政権を樹立。同政権下で大量の自国民虐殺。
1979年 ヴェトナム軍進攻でクメール・ルージュ敗走、親ヴェトナムのプノンペン(ヘン・サムリン)政権擁立。
      以降、プノンペン政権と民主カンボジア三派連合(クメール・ルージュに王党(シハヌーク)派・共和(ソン・サン)派が加勢)の内戦が続く。
1992年 国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)監視下で制憲議会選挙、王党派フンシンペック党勝利。
      新憲法で王制復活。ラナリット第一首相(フンシンペック党)、フン・セン第二首相(人民党:旧プノンペン政権)の2人首相制連立政権。
1997年 首都プノンペンで両首相陣営武力衝突。ラナリット第一首相失脚。
2004年 第二次フン・セン首班連立政権発足。
シハヌーク国王引退、シハモニ新国王即位。WTO加盟。ASEM参加決定。
主要産業 観光、農業、鉱業
通貨 リエル(Riel=KHR) 1$=約4,197KHR。
100リエル=2.9円
ただし、アメリカのドルが通用しています。
時差 日本より マイナス2時間。ヴェトナムとは時差なし。
気候 カンボジアの気候は大きく雨期と乾期されています。雨期はさらに5月下旬から10月の下旬で、定刻に強い雨が降るようになります(スコール)。強い雨は日中降り続けるものではなく、まとまって一気に降ります。雨期の後半になると雨量が増し、降る時間も不規則になっていきます。この時期はカンボジアの一年の中でも最も雨が多い時期です。7月になると雨期の中休みが10日程度あり、雨が降らなくなります。その後、乾期に入ります。

乾期は涼季(11月上旬〜1月下旬)と暑季(2月上旬〜5月中旬)にさらにわけられ、いずれも雨がほとんど降りません。 なかでも涼季は比較的涼しく、過ごしやすいと言われていますが、それでも30度以上の気温があります。暑季はカンボジアで最も暑い季節で日中は35 度〜40度にもなります。カンボジアの人々もこの時期は労働をやや控えています。

 

◎ 本 日 の 予 定
 場 所  概 要
朝食 6:15 ホテル:アンコール・ミラクル・リゾート&スパのビュッフェ
ホテル 発 8:00  午前中はアンコール・トムの各所を観光
アンコール・トム等観光
   (約4時間)
8:20
〜 
南大門
バイヨン
パブーオン
象のテラス
そして、外にある
タ・ケウ
タ・プロム
昼食 12:00 レストランで中華料理
民芸店へ
ホテルで休憩 13:00
 〜 
15:00 
ホテルに戻りお休み 
アンコール・ワット観光
   (約2時間)
15:00

17:30
第一回廊のレリーフ
第二回廊のレリーフ  
プレループ遺跡からの
  夕日鑑賞
17:30
夕日を見る
ショウ&夕食 19:00 アプサラダンスショー と ビュッフェ
宿泊 アンコール・ミラクル・リゾート&スパ (連泊) 

 

訪  問  地 詳    細
6:00 *アンコール・ミラクル・リゾート&スパの朝

 昨夜到着したホテル:アンコール・ミラクル・リゾート&スパから隣の同じような格好をしたホテルを撮りました。

 天気は?
 
 朝から、湿度がかなり感じられます。
 今は雲も少しありますが、いい天気になりそうです。
朝食 6:15
*アンコール・ミラクル・リゾート&スパでのビュッフェ

 アンコール・ミラクル・リゾート&スパの2階にあるレストランでビュッフェ形式の朝食です。

 モーニング・コールは6:30なのですが、もう朝は早く目覚めるので、起きたらすぐに食べにいきます。

 今朝の献立は、目玉焼き、ハム、マッシュ・ポテト、パンなどです。

 コーヒーとジュースの飲み物は、私の朝には欠かせません。

 コーヒーは、イマイチです。

 まあ、基本的には、ヨーロッパ・スタイルの朝食ですが...
 写真の奥の方に、何かある?
  *プラスして、ここでも麺を!

 ヴェトナムのフォーよりも、日本のウドンに近い味わいです。

 これは、美味しい。

 本当に、朝から大した食欲です。
 海外旅行を終えると、体重が増えているって話もあります。
アンコール・トムへ  8:00 *アンコール・トムの観光に出発

 カンボジアでの観光では、左右が2席、1列に4座席のバスに乗っています。
 ヴェトナムで使用した観光バスは、左側に2席、右側は1座席でした。

 私たちのグループは、19名なので、もうどこに座ってもいい広さです。

 ちなみに、カンボジアの道路もヴェトナムと同様に右側通行です。
  *アンコールの寺院に入るには、切符がいる。

 アンコール・トムやアンコール・ワットなど寺院に入るには、入場切符が必要です。

 そこで、まず総合切符売り場に行って、顔写真が入ったパスポートのような切符を購入します。
 1日券と3日券があります。 これは3日間有効の方で、US$40.00です。

 顔写真は入場券と一緒に刷り込まれて、2,3分で出来てきます。
 
 なお、この切符は度々出し入れしたり、汗でぬれるので、旅行会社の方で、首から下げるフォルダーを無料でくれました。
 
 寺院に入る前の、この切符の確認は厳しく、いつも首から下げるやり方でないとポケットのあちらこちらを探して大変なようです。 
  *バイク・タクシーでの観光もある。

 東南アジアでは、バイクが大活躍してます。
  *広い濠に囲まれた、アンコール・トム

  確かに、幅100mの濠は、すごい。
アンコール・トム   8:20
*アンコール・トムの観光開始

 アンコール・トムの南にある南大門からアンコール・トムに入っていきます。

 いかにも、観光地らしい象に乗っての観光もできます。

 私も象には、タイで乗ったことがありますが、揺れと臭いがきつくて、二度とは乗りたくないものです。
◎アンコール・トム観光の前に

 アンコール・トム(Angkor Thom) は、12世紀末にクメール王国のジャヴァルマン7世によって築かれた、周囲12Km(各3Km)のほぼ正方形の濠と高さ8mの城壁に囲まれた城塞都市です。周囲の環濠は幅100m、深さは5〜6mメートル程度。
 9世紀から15世紀にかけてインドシナ一帯を支配していたクメール王国の栄華を偲ぶことができます。
 内部には王宮や寺院など80を超える建物が点在していますが、多くは壊れたままで、修復作業も行われていますが、石ころがころがったままで、あまり進んでいないようでした。
 周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されています。
 アンコール・ワットの北側にあります。

 アンコールとは、サンスクリット語の「ナガラ=都市」を意味し、トムは、クメール語で「大きい」という意味です。つまり、「大きな都」です。
 この名称は、後世につけられたとのことです。
 城壁に囲まれた外部との出入りは南大門、北大門、西大門、そして、東にある2つの死者の門、勝利の門の計5つの城門でします。
 門の扉は、木製で夜は閉められたようです。
 各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されています。
 また門と濠を結ぶ橋の欄干にはヒンドゥー教における天地創造神話=乳海攪拌(にゅうかいかくはん)を模した長い「ナーガ=蛇の精霊」が描かれています。
 またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像もあります。

 アンコール・トムの中央には、大きな仏教寺院=バイヨン (Bayon) があります。バイヨンの周囲には、象のテラスやライ王のテラス、王宮前広場の北側には複合遺跡、プレア・ピトゥなどがあります。

 王宮は木造であったため、現在は残っていません。
 
アンコール・トム   *南大門 正面

 かなり大きな門です。高さは23m。4面の仏像が、四方を見守ります。

 象も楽々と入っていけます。
 (当然か。象は当時からこの地方の乗り物ですね。)

 この南大門からアンコール・トムの中心のバイヨン寺院まではかなりの距離があり、普通車も象とおなじように入口から入って行きますが、私たちの観光バスは大型なのでこの入口からは入れないため、バスから降りて歩きです。
 入口の塔に彫られた4面の仏像の大きさがわかりますか?
裏側から見るとこうなっています。
  *バイヨン寺院

 南大門から、アンコール・トムの中心に位置するバイヨン寺院まではかなりの距離があるので、南大門の側からは、6、7人が乗れる小型電気バスでバイヨンに向かいます。

*構造は基本的には二重の回廊と、その中心に位置する高さ43mの中央祠堂からなりますが、増改築が行なわれたために迷路のような複雑な構造になっています。
 内側の第二回廊の上部には、中央祠堂とその周囲に配置された16の塔堂を巡るテラスがあります。
  *回廊

 バイヨン寺院には二重の回廊があり、その壁に民話や王の征服の物語が彫られています。
 写真は、外側の第一回廊で、天井は壊れてしまいありません。

 たびたびの改造で、内部は暗くてまた複雑で、カイドさんについて行かないと、迷子になります。

 日本に戻ってきて、写真をまとめていますが、どこのポイントでとったのか、分からなくなるほどです。
  *バイヨンに彫られたレリーフ

 細かなレリーフが壁に彫られています。

 これを見ると、ヒンドゥー教の動きですね。
  *当時の人々の生活もわかる。

 レリーフには、着ていた物や、日常生活で使っていた物も彫られていますから、歴史を勉強するには便利です。
  *バイヨン寺院の中心

  バイヨン寺院の中心の場所から、かなり急な階段を昇り、屋上(テラス)にでますと、そこに、巨大な仏の顔々があります。


  観光客が多く登り降りするバイヨン寺院内の階段は、元の階段よりも勾配が緩く、また階段の幅も広くしています。

  これは、後で出て来ます、タ・ケウ寺院の階段を登って分かったことですが。
  *ポスターでもよく出てくる三仏像

 アンコ−ルの遺跡案内や観光案内で良く使われているのは、このバイヨン寺院の上にあったのです。


 バイヨンには、49の仏塔があり、196の四面像があります。
  *口元が上がって笑った表情の仏像もあります。

  多くの仏像の表情は固いのですが、この仏像は少し口角が上がっていて、写真スポットです。

  仏像に負けないくらい良い表情をした私の素顔を公開できないのが、かなり残念です(?)
  *石の廊下もある。

 バイヨン寺院の急な階段を降り寺の外側の観光です。
 
 王宮の跡付近は、まだまだ改修中で、特に観る物はありません。
  *寺の北側に位置する王宮跡や沐浴池跡を観て、パブーオンというビラミッドの形をした寺院もあるのですが、修理中でした。

 また、ピミヤナカスという王宮の近くにある小さな寺院は、11世紀初頭、スールヤヴァルマン一世が建立したピラミッド型の建造物で、天上の宮殿という意味があるそうです。王だけの寺院です。
 この建物は3層に積み上げられ祠堂が上にのっています。その中央塔には9つの頭を持った蛇ナーガ(蛇神)が宿り、女性に姿を変え、王は夜な夜な女性(ナーガ)と交わらなければならなかった。もし一夜でもこの行為を怠れば王は早死にすると信じられていたという伝説があるようです。
 王様も子作りで大変です。
  *象のテラス

  このテラスは、象の鼻などで装飾されているため、「象のテラス」と呼ばれています。
 
王宮前にあり王族の閲兵などに使われ高さ3m、長さは300m以上、東側壁にはその名のとおり象のレリーフが彫られ、また中央ブロック側壁にはガルーダ像レリーフがならんでいます。
  *ライ王のテラス

 象のテラスの北側に、ライ病にかかった王のテラスがありますが、特に特徴もなく、暑くてパスです。


 以前は、ライ病にかかった王の像があったらしいが、その像は今はありません。(見落とした?レプリカがある?)
タ・ケウ 10:20 *タ・ケウ寺院へ

 アンコール・トムの観光を約2時間ほどして、アンコール・トムの勝利の門から城外にでます。

 そこに待っています、もともと乗ってきた大型の観光バスに乗って、アンコール・トムの少し東側にある、タ・ケウ寺院に向かいます。

 
  *タ・ケウ(Ta Kev)

  タ・ケウは王の突然の死により、石材を積み上げた状態で未完のまま放置されています。そのため、壁面などの彫刻がほとんどされておらず、他の寺院と違った存在感があります。

  建築の途中で中止されたため、アンコール建築の方法を検証することができ、様々な石組みの謎がいくつか判明するなど、学術的に価値の高い遺跡だそうです。  
  *急な階段を登った!

 荒れた感じのする寺のせいか、あまり観光客はいません。

 ここで、ガイドさんの勧めもあって、正門の入口から上まで登ってみました。

 しかし、この階段が実に急で、また、石でできている階段の幅が狭く、靴を全体で支えるだけの幅がありません。
 両手で支え、休み休み登らないと危ない!

*折角苦労して登っても、周囲は森だけでした。
  *登りより降りる方がこわい!

 登った塔の中では、地元の若者が仏像を守っていて、彼に聞くと(ゼスチャーですが)本当は、正門側よりも反対の西門の方が登り降りが楽らしいようなので、帰りは、登ってきたのとは反対側を降りましたが、確かに、階段の幅は、正門側よりは、少し広い感じですが、こちらも靴が充分に載せられる幅がありません。

 そこで、石にしがみついて、足を横にして一段、一段と足場を確保しながら、降りました。
タ・プロム 10:55 *タ・プロムへ

*タ・プロム(または、タ・プローム Ta Prohm)とは「梵天の古老」を意味し、ジャヤバルマン七世が母のために建てた仏教寺院です。この遺跡は発見当初の姿に近い状態で残す方針で、最低限の手入れだけで保存されています。
 長年放置されていた遺跡にはジャングルの樹木、スポアン(ガジュマルの一種)が絡みつき、成長するに従って遺跡は完全に覆い尽くされました。自然の驚異をまざまざと感じさせられます。
*まったく、ジャングルにおける緑(植物)の力のすごさがわかります。
  木の名前は、ガジュマルの一種で、現地ではスポアンという木です。

    
  *タ・プロムの彫刻

 タ・プロムは建物に食い込んだ大木が注目されますが、寺院ですから、彫刻も深く彫られていて、出来は見事です。
昼食 12:00 *中華料理店での昼食

  アンアコール・トムとその周辺の寺院の観光は、一応終わったので、シェムリアップの街へ戻り、中華料理の昼食です。

  

 メニューは、マーボ豆腐、チンジャーロース、豚バラ肉などで、中華料理は、どこの国に旅しても、私の口にはあいます。
 デザートは? いつものバナナではなく、スカイです。
    *暑い!
  
  食べる物も食べたし、こう暑くては、観光ではありません。

  ホテルに戻って、午後3時まで休憩タイムです。
◎7月11日は、長くなったので、午後のアンコール・ワットの部は、次のページにしました。

 

ヨーロッパ編はこちら

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