セダン人の起源についての話

かつて、各プレイ[1]が一緒に平穏に暮らしていた頃、太陽は囲炉裏の火のように焼畑、稲、トウモロコシに照りつけていた。銀のように穏やかな月は、夜な夜な村人が遊び、酒を飲めるように光を灯した。しかし突然、黒い雲がやってきて太陽と月を隠してしまった。そして雷鳴と強風が沸き起こった。地上はぼんやりとして、人の顔や森は見えず、鳥のさえずりも聞こえず、昼も夜もなくなってしまった。雨が空からまるでたくさんの小川のように山や森にどっと降ってきた。水はごうごうと巨木から小さい木まで押し倒し、各パレイを巻き込み、村人たちはまるで森の葉のように漂った。水かさは増し、各パレイの人々は死に絶えた。人はこの出来事をタック・マン・リンと呼ぶ。ただ一人の犬を抱いた女性が低い丘の頂に駆け上がり、水かさが増すたび、より高い山に移ったのだった。しかし水かさはなおも増した。一人と一匹はチャカン地区で一番高いゴック・ローン・ポワン山の頂に登った。さすがに水はそこまで来ることはなかった。その女性の名はサ・ガイといい、犬の名はボ・チュアといった。

黒い雲が徐々に薄れ、雨風雷鳴は水かさが増すのを停止し、憤慨した。太陽は雲を引き上げ、地面をにらんだ。水は次第に退き、次第に山や森が見え始めた。サ・ガイとボ・チュアを除き、人間は死に絶えていた。二匹と一匹は焼畑をし、葉を刈り、ゴック・ローン・ポワン山の頂に家を作り住んだ。そして家のそばにトウモロコシと同じぐらい太いサトウキビをたくさん植えた。

ある日、犬は突然サ・ガイが小便をした場所に小便をした。その後、サ・ガイの乳房は黒くなり、食は進まなくなり、腹は次第に大きくなり、そして一人の男の子と女の子を産んだ。男の子はポーリン、女の子はポーロアンと名づけられた。二人は次第に大きくなり、あるとき母に尋ねた。

「母さん、私の父さんはどこ?」

母は答えなかった。それが何度も繰り返されたので二人とももう尋ねるのがいやになってしまった。ある日、母は二人の子に告げた。

「ポーリン、ポーロアン。二人ともご飯を持って焼畑に行きお父さんにあげて頂戴。」

二人は焼畑に行って叫んだ。

「父さん、ご飯だよ。ご飯だよ。」

しかし誰の姿もなく、ただ犬が尾を振り食事をしにやってきただけだった。非常に怒った二人は、木の枝を取って犬をたたき殺してしまった。

家に帰った二人は母に言った。

「母さん、父さんは焼畑になんかいなかったよ。ただ犬がご飯を食べに来たから、それを叩いて殺したよ。」

「それはお前たちの父さんよ。」

二人は日に日に大きくなった。サ・ガイは娘を遠い水辺に連れて行き、一人暮らしさせ、息子は山の頂で自分と一緒に住まわせた。息子が大きくなってたくましい若者になったとき、母は息子に尋ねた。

「ポーリン、お前、妻を持って子が欲しいかい?」

「山や森には鳥や獣しかいない。人間はどこにいるの?妻にできる女なんてどこにいるの?」

「心配するな。母さんがお前のために連れてきてあげるよ。」

サ・ガイは他の森に行き娘に尋ねた。

「ポーロアン、お前夫にしたいものがもういるかい?」

「山や森には葉のある木があるだけだわ。人間なんかいないし、夫にする若者なんていないわ。」

「いるよ。母さんがお前に見つけてきてあげよう。」

母がポーロアンを連れ帰ったとき、兄妹は二人ともすでに相手の顔を忘れており、それで夫婦になったのである。

 ポーリンは自分に妹がいたのを思い出したが顔が思い出せず、母に尋ねた。

「母さん、僕の妹は今どこにいるの?」

「あの子はとっても遠くで結婚したよ。それは歩いてはとてもたどり着けないよ。」

多くの収穫期が過ぎ去り、母は老い死んでしまった。夫婦は4人の子を得た。それは3人の娘と一人の息子だった。三人の娘はビア、ムイ、スィといい、息子の名はドアンといった。

両親は美しいビアとムイを一人で暮らさせるために平野に連れてった。この後、二人の娘はそこで夫を娶った。ドアンとスィは山にとどまった。そして二人の両親は歳をとり焼畑に出られなくなり、そして死んでしまった。兄妹は一緒に生活し、兄は妻を見つけることができずに独身を通し、オラウータンになって森を放浪した。妹スィはラオ側の若者ホマーイに会い、鉦や編み紐と交換に、夫にした。

二人はたくさんの子を産み、囲炉裏は日増しに増え、家も日増しに増え、セダン人になった。

 遠いこのことを思い出し、セダンの人は、特に婦女は犬の肉を食べてはならず、決してそれを叩いてはならず、そして犬が死ねば人間と同様に悲しむのである。

Hùng(biên)1986, Truyện cổ XƠĐĂNG,Đà Nẵng;Nxb. Đà Nẵng tr.23-25

 



[1] 村の意。マラヨポリネシア系言語のpaleiが語源と考えられる。

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