毒もみのすきな署長さん

宮沢賢治

四つのつめたい谷川が、カラコン山の氷河から出て、ごうごう白い泡(あわ)をはいて、プハラの国にはいるのでした。四つの川はプハラの町で集って一つの大きなしずかな川になりました。その川はふだんは水もすきとおり、淵(ふち)には雲や樹(き)の影(かげ)もうつるのでしたが、一ぺん洪水(こうずい)になると、幅(はば)十町もある楊(やなぎ)の生えた広い河原(かわら)が、恐(おそ)ろしく咆(ほ)える水で、いっぱいになってしまったのです。けれども水が退(ひ)きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。その河原のところどころには、蘆(あし)やがまなどの岸に生えた、ほそ長い沼(ぬま)のようなものがありました。
 それは昔(むかし)の川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無くなるということもありませんでした。その中には魚がたくさんおりました。殊(こと)にどじょうとなまずがたくさんおりました。けれどもプハラのひとたちは、どじょうやなまずは、みんなばかにして食べませんでしたから、それはいよいよ増えました。
 なまずのつぎに多いのはやっぱり鯉(こい)と鮒(ふな)でした。それからはやもおりました。ある年などは、そこに恐ろしい大きなちょうざめが、海から遁(に)げて入って来たという、評判などもありました。けれども大人(おとな)や賢(かしこ)い子供らは、みんな本当にしないで、笑っていました。第一それを云(い)いだしたのは、剃刀(かみそり)を二梃(ちょう)しかもっていない、下手(へた)な床屋(とこや)のリチキで、すこしもあてにならないのでした。けれどもあんまり小さい子供らは、毎日ちょうざめを見ようとして、そこへ出かけて行きました。いくらまじめに眺(なが)めていても、そんな巨(おお)きなちょうざめは、泳ぎも浮(うか)びもしませんでしたから、しまいには、リチキは大へん軽べつされました。


毒もみのすきな署長さん

宮沢賢治

底本:「ちくま日本文学全集」筑摩書房
   1991(平成3)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「宮沢賢治全集」ちくま文庫、筑摩書房
入力:古村充
校正:野口英司
ファイル作成:野口英司
1998年10月17日公開
1999年7月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

朗読 音訳ボランティア 籾山久雄


毒もみのすきな署長さん

Ads by TOK2