北斎と幽霊


国枝史郎

文化年中のことであった。
 朝鮮の使節が来朝した。
 家斉いえなり将軍のおぼし召しによって当代の名家に屏風を描かせ朝鮮王に贈ることになった。
 柳営絵所えどころ預りは法眼狩野融川かのうゆうせんであったが、命に応じて屋敷に籠もり近江八景を揮毫きごうした。大事の仕事であったので、弟子達にも手伝わせず素描から設色まで融川一人で腕をふるった。樹木家屋の遠近濃淡漁舟人馬の往来坐臥、皆狩野の規矩にのっとり、一点の非の打ち所もない。
「ああ我ながらよく出来た」
 最後の金砂子きんすなごきおえた時融川は思わずつぶやいたが、つまりそれほどその八景は彼には満足に思われたのであった。

底本:「怪しの館 短編」国枝史郎伝奇文庫28、講談社
   1976(昭和51)年11月12日第1刷発行
初出:「サンデー毎日」
   1925(大正14)年1月1日号
入力:阿和泉拓
校正:多羅尾伴内
2004年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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朗読 籾山久雄

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北斎と幽霊

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