
林芙美子
暗い晩で風が吹いていました。より江(え)はふと机から頭をもちあげて硝子戸(ガラスど)へ顔をくっつけてみました。暗くて、ざわざわ木がゆれているきりで、何だか淋(さび)しい晩でした。ときどき西の空で白いような稲光(いなびか)りがしています。こんなに暗い晩は、きっとお月様
病気なのだろうと、より江は兄さんのいる店の間(ま)へ行ってみました。兄さんは帳場の机で宿題の絵を描(か)いていました。
「まだ、おッかさん戻らないの?」
「ああまだだよ。」
「自転車に乗っていったんでしょう?」
「ああ自転車に乗って行ったよ。提灯(ちょうちん)つけて行ったよ。」
より江たちのお母さんは村でたった一人の産婆(さんば)さんでした。より江はつまらなそうに、店先へ出て、店に並べてある笊(ざる)や鍋(なべ)や、馬穴(ばけつ)なぞを、ひいふうみいよおと数えてみました。戸外では、いつか雨が降り出していて、湿った軒燈(けんとう)に霧のような水しぶきがしていました。兄さんは土間へ降りて硝子戸を閉(し)め、カナキンのカアテンを引きました。より江はさっきから土間の隅(すみ)にある桶(おけ)のところを見ていました。
「健(けん)ちゃん! 蛙(かえる)がいるよ。」
底本:「赤い鳥傑作集」新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年6月25日発行
1974(昭和49)年9月10日29刷改版
1989(平成元)年10月15日48刷
底本の親本:「雑誌『赤い鳥』復刻版」日本近代文学館
1968(昭和43)年-1969(昭和44)年
初出:「赤い鳥」8月号(終刊号) 1936(昭和11)年8月
入力:林 幸雄
校正:もりみつじゅんじ
ファイル作成:もりみつじゅんじ
2002年1月3日公開
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朗読 音訳ボランティア 籾山久雄 2003-3-10
蛙