仇討ち三態 その2  

菊地寛

越後国蒲原郡新発田(かんばらごおりしばた)の城主、溝口伯耆守(ほうきのかみ)の家来、鈴木忠次郎、忠三郎の兄弟は、敵討の旅に出てから、八年ぶりに、親の敵和田直之進が、京師室町四条上るに、児医師(こどもいし)の看板を掲げて、和田淳庵という変名に、世を忍んでいるのを探り当てた。
 それを初めに知ったのは、弟の忠三郎であった。二度目に上方へ上ったとき、兄弟は京と大坂に別れて宿を取った。別々に敵を尋ねるための便宜だった。
 弟の忠三郎が、三条通りを何気なく歩いていたとき、彼は町家の軒先に止まった医師のそれらしい籠を見た。籠の垂(た)れを内から掲げながら、立ち出でた総髪の男を見たとき、彼は嬉しさのあまり躍り上りたかった。それは紛れもなく和田直之進だった。彼は、即座に名乗りかけて、討ち果したいと思ったが、兄のことがすぐに心に浮んだ。八年の間、狙いながら、肝心の場所にいあわさない兄の無念を想像すると、自分一人で手を下すことは、思いも寄らなかった。彼は逸(はや)る心を抑えながら、直之進が再び籠に乗るのを待ったのである。
 彼は、敵の在(あ)り処(か)を突き止めると、小躍りしながら、すぐ京を立って、伏見から三十石で大坂へ下った。が、その夜遅く、兄の宿っている高麗橋の袂(たもと)の宿屋を尋ねたとき、不幸にも兄が大和から紀州へ回るといい置いて、三日前に出発したことを知った。彼の落胆ははなはだしかった。彼は、油で煮られるようないらいらしさで兄の帰宿を七日の間空しく待ち明かした。それでも、兄の忠次郎は、八日目に飄然として帰って来た。

底本:「菊池寛 短編と戯曲」文芸春秋
   1988(昭和63)年3月25日第1刷発行
入力:真先芳秋
校正:大野 晋
ファイル作成:野口英司
2000年8月26日公開
2002年1月23日修正
青空文庫作成ファイル:

仇討ち三態 その2

朗読   籾山久雄

Ads by TOK2