仇討三態 その3


宝暦三年、正月五日の夜のことである。
 江戸牛込二十騎町の旗本鳥居孫太夫の家では、お正月の吉例として、奉公人一統にも、祝酒(いわいざけ)が下された。
 ことに、旧臘十二月に、主人の孫太夫は、新たにお小姓組頭に取り立てられていた。二十一になった奥方のおさち殿が、この頃になって、初めて懐胎されたことが分かった。
 慶(よろこ)びが重なったので、家中がひとしお春めいた。例年よりは見事な年暮(ねんぼ)の下され物が、奉公人を欣ばした。五日の晩になって、年頭の客も絶えたので、奉公人一統に祝い酒を許されたのであった。
 主人の孫太夫は、奉公人たちの酒宴の興を妨げぬ心遣いからであろう。日が暮れると、九段富士見町の縁類へ、年始のためだといって、出かけて行った。
 家老や用人たちは、表座敷の方でうち寛(くつろ)いでいた。中間や小者や女中などは、台所の次の間で、年に一度の公けの自由を楽しんでいた。
 二更を過ぎた頃になっても、酒宴の興は少しも衰えなかった。若い草履取や馬丁は、この時だというように、女中に酌をしてもらいながら、ぐいぐいと飲み干した。
 松の葉崩しや海川節(かいせんぶし)を歌い出すものがある。この頃はやり出した吾妻拳を打ち出すものがある。立ち上って踊り出すものがある。
 台所で立ち働いていた料理番の嘉平次までが、たまらなくなって、板前の方をうっちゃらかして酒宴の席へ顔を出した。
「嘉平か? 御苦労! もう食い物の方はたくさんだ。さあ! 貴公もそこへ座って一杯やれ!」
 中間の左平が、それを見ると、すぐに杯をさした。

                                                            菊池 寛
                                                      読みの底本;青空文庫ファイルより

                                                    (青空文庫の作成記録)
                                                    底本;「菊池寛 短編と戯曲」 文芸春秋
                                                                       1988年3月25日第1刷発行
       
                                                             入力;真先芳秋
                                                             校正;大野晋
                                                        ファイル作成:野口英司
                                                                         2000年8月26日公開
                                                                         2002年1月23日修正 


                                         朗読 ;籾山久雄(音の図書室 音訳ボランティア)2002,3,5
                               
                                    仇討三態その3 
         
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