狐憑

中島 敦

ネウリ部落のシャクに憑(つ)きものがしたといふ評判である。色々なものが此の男にのり移るのださうだ。鷹だの狼だの獺だのの靈が哀れなシャクにのり移つて、不思議な言葉を吐かせるといふことである。
 後に希臘人がスキュティア人と呼んだ未開の人種の中でも、この種族は特に一風變つてゐる。彼等は湖上に家を建てて住む。野獸の襲撃を避ける爲である。數千本の丸太を湖の淺い部分に打込んで、其の上に板を渡し、其處に彼等の家々は立つてゐる。床(ゆか)の所々に作られた落し戸を開(あ)け、籠を吊して彼等は湖の魚を捕る。獨木舟を操り、水狸や獺を捕へる。麻布の製法を知つてゐて、獸皮と共に之を身にまとふ。馬肉、羊肉、木苺、菱の實等を喰ひ、馬乳や馬乳酒を嗜む。牝馬の腹に獸骨の管を插入れ、奴隸に之を吹かせて乳を垂下らせる古來の奇法が傳へられてゐる。

底本:「中島敦全集 第一巻」筑摩書房
   1976(昭和51)年3月15日発行
入力:圭
校正:木本敦子
ファイル作成:野口英司
1999年9月3日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

朗読 音訳ボランティア 籾山久雄

2003.1.25

ここからお聞きになれます
狐憑

Ads by TOK2