蜘蛛の糸


 ある日の事でございます。御釈迦様(おしやかさま)は極楽の蓮池(はすいけ)のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮(はす)の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色(きんいろ)の蕊(ずい)からは、何とも云えない好(よ)い匂(におい)が、絶間(たえま)なくあたりへ溢(あふ)れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。
 やがて御釈迦様はその池のふちに御佇(おたたず)みになって、水の面(おもて)を蔽(おお)っている蓮の葉の間から、ふと下の容子(ようす)を御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄(じごく)の底に当って居りますから、水晶(すいしよう)のような水を透き徹して、三途(さんず)の河や針の山の景色が、丁度覗(のぞ)き眼鏡(めがね)を見るように、はっきりと見えるのでございます。



                                                              芥川龍之介  蜘蛛の糸
                                                            読みの底本;青空文庫ファイルより

                                                         (青空文庫の作成記録)
                                                   底本;「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房
                                                                         1986年10月28日第1刷発行
                                                                         1996年 7月15日第11刷発行
                                                底本の親本;「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
                                                               入力;平山誠、野口英司
                                                               校正;もりみつじゅんじ
                                                           ファイル作成;もりみつじゅんじ
                                                                                 1997年11月10日公開
                                                                                 1999年 7月30日修正


                                            朗読 ;籾山久雄(音の図書室 音訳ボランティア)2002,3,1

                                                                       

蜘蛛の糸

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