
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿(はなむこ)として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。
太宰治 走れメロス
読みの底本;青空文庫ファイルより
(青空文庫の作成記録)
底本「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1988年10月25日初版発行
1998年6月15日第2刷
底本の親本;「「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
入力;金川一之
校正;高橋美奈子
ファイル制作;野口英司
2000年12月4日公開
朗読 ;籾山久雄(音の図書室 音訳ボランティア)2002,4,15
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走れ メロス