恩を返す話

寛永十四年の夏は、九州一円に近年にない旱炎(かんえん)な日が続いた。その上にまた、夏が終りに近づいた頃、来る日も来る日も、西の空に落つる夕日が真紅の色に燃え立って、人心に不安な期待を、植えつけた。
 九月に入ると、肥州(ひしゅう)温泉(うんぜん)ヶ嶽(だけ)が、数日にわたって鳴動した。頂上の噴火口に投げ込まれた切支丹宗徒(きりしたんしゅうと)の怨念(おんねん)のなす業だという流言が、肥筑(ひちく)の人々を慄(おそ)れしめた。
 凶兆はなお続いた。十月の半ばになったある朝、人々は、庭前の梅や桜が時ならぬ蕾を持っているのを見た。
 十月の終りになって、これらの不安や恐怖のクライマックスがついに到来した。それは、いうまでもなく島原の切支丹宗徒の蜂起である。
 肥後熊本(ひごくまもと)の細川越中守(ほそかわえっちゅうのかみ)の藩中は、天草とはただ一脈の海水を隔つるばかりであるから、賊徒蜂起の飛報に接して、一藩はたちまち強い緊張に囚われた。

                                       菊地寛                 

                              底本:「菊池寛 短編と戯曲」文芸春秋                                         1988(昭和63)年3月25日 第1刷発行                                       入力:真先芳秋                                       校正:鈴木伸吾                                   ファイル作成:野口英司                                                  2000年1月26日公開                                                  2000年10月20日修正
                                             
                                           朗読 ;籾山久雄(音の図書室 音訳ボランティア)2002,9,25

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