三右衛門の罪

芥川龍之介

 文政ぶんせい四年の師走しわすである。加賀かが宰相さいしょう治修はるなが家来けらい知行ちぎょう六百こく馬廻うままわやくを勤める細井三右衛門ほそいさんえもんと云うさむらいは相役衣笠太兵衛きぬがさたへえの次男数馬かずまと云う若者を打ちはたした。それも果し合いをしたのではない。あるいぬ上刻じょうこく頃、数馬は南の馬場ばばの下に、うたいの会から帰って来る三右衛門を闇打やみうちに打ち果そうとし、かえって三右衛門に斬り伏せられたのである。
 この始末を聞いた治修はるながは三右衛門を目通りへ召すように命じた。命じたのは必ずしも偶然ではない。第一に治修は聡明そうめいしゅである。聡明の主だけに何ごとによらず、家来任けらいまかせということをしない。みずからある判断をくだし、みずからその実行を命じないうちは心を安んじないと云う風である。


底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
   1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月10日公開
2004年3月9日修正
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朗読 佐々木照代


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三右衛門の罪

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