猿ヶ島

太宰治


 はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な勾配(こうばい)を作っていくつもいくつも積みかさなり、ところどころに洞窟(どうくつ)のくろい口のあいているのがおぼろに見えた。これは山であろうか。一本の青草もない。
 私は岩山の岸に沿うてよろよろと歩いた。あやしい呼び声がときどき聞える。さほど遠くからでもない。狼(おおかみ)であろうか。熊であろうか。しかし、ながい旅路の疲れから、私はかえって大胆になっていた。私はこういう咆哮(ほうこう)をさえ気にかけず島をめぐり歩いたのである。
 私は島の単調さに驚いた。歩いても歩いても、こつこつの固い道である。右手は岩山であって、すぐ左手には粗い胡麻石(ごまいし)が殆ど垂直にそそり立っているのだ。そのあいだに、いま私の歩いている此の道が、六尺ほどの幅で、坦々とつづいている。


底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年8月30日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:すずきともひろ
ファイル作成:野口英司
2000年12月15日公開
青空文庫作成ファイル:
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朗読  籾山久雄


猿ヶ島

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