「瓶詰地獄」他から

死後の恋

夢野久作


 ハハハハハ。イヤ……失礼しました。嘸(さぞ)かしビックリなすったでしょう。ハハア。乞食かとお思いになった……アハアハアハ。イヤ大笑いです。
 あなたは近頃、この浦塩(うらじお)の町で評判になっている、風来坊のキチガイ紳士が、私だという事をチットモ御存じなかったのですね。ハハア。ナルホド。それじゃそうお思いになるのも無理はありません。泥棒市に売れ残っていた旧式のボロ礼服を着ている男が、貴下(あなた)のような立派な日本の軍人さんを、スウェツランスカヤ(浦塩の銀座通り)のまん中で捕まえて、こんなレストランへ引っぱり込んで、ダシヌケに、
「私の運命を決定(きめ)て下さい」
 などと、お願いするのですからね。キチガイだと思われても仕方がありませんね。ハハハハハ……しかし私が乞食やキチガイでないことはおわかりになるでしょう。ネエ。おわかりになるでしょう。酔っ払いでないことも……さよう……。
 お笑いになると困りますが、私はこう見えても生え抜きのモスコー育ちで、旧露西亜(ロシア)の貴族の血を享(う)けている人間なのです。そうして現在では、ロマノフ王家の末路に関する「死後の恋」という極めて不可思議な神秘作用に自分の運命を押さえつけられて、夜(よ)もオチオチ眠られぬくらい悩まされ続けておりますので……実は只今からそのお話をきいて頂いて、あなたの御判断を願おうと思っているのですが……勿論それは極めて真剣な、且つ歴史的に重大なお話なのですが……。
 ……ああ……御承知下さる……有り難う有り難う。ホントウに感謝します。……ところでウオツカを一杯いかがですか……ではウイスキーは……コニャックも……皆お嫌い……日本の兵士はナゼそんなに、お酒を召し上らないのでしょう……では紅茶。乾菓子(コンフェートム)。野菜……アッ。この店には自慢の腸詰(ソーセージ)がありますよ。召し上りますか……ハラショ……。


底本:角川ホラー文庫『夢野久作怪奇幻想傑作選−あやかしの鼓』(角川書店 平成10年4月10日初版発行)
入力:林 裕司(「あやかしの鼓」を除く)
※「あやかしの鼓」は、ディスクマガジン『電脳倶楽部』に掲載されたテキスト(入力者:上村光治)を使用しています。
校正:浜野智
1998年11月10日公開
1998年12月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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朗読 音訳ボランティア  籾山久雄  2003,2,15


死後の恋

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