白

芥川龍之介


ある春のひる過ぎです。しろと云う犬は土をぎ嗅ぎ、静かな往来を歩いていました。狭い往来の両側にはずっと芽をふいた生垣いけがきが続き、そのまた生垣のあいだにはちらほら桜なども咲いています。白は生垣に沿いながら、ふとある横町よこちょうへ曲りました。が、そちらへ曲ったと思うと、さもびっくりしたように、突然立ち止ってしまいました。
 それも無理はありません。その横町の七八間先には印半纏しるしばんてんを着た犬殺しが一人、わなうしろに隠したまま、一匹の黒犬をねらっているのです。しかも黒犬は何も知らずに、犬殺しの投げてくれたパンか何かを食べているのです。けれども白が驚いたのはそのせいばかりではありません。見知らぬ犬ならばともかくも、今犬殺しに狙われているのはお隣の飼犬かいいぬくろなのです。毎朝顔を合せる度におたがいの鼻のにおいを嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。


底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
   1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年3月1日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
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朗読  籾山久雄

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