運

芥川龍之介

目のあらい簾(すだれ)が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子(ようす)は仕事場にいても、よく見えた。清水(きよみず)へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓(こんく)をかけた法師(ほうし)が通る。壼装束(つぼしょうぞく)をした女が通る。その後(あと)からは、めずらしく、黄牛(あめうし)に曳(ひ)かせた網代車(あじろぐるま)が通った。それが皆、疎(まばら)な蒲(がま)の簾(すだれ)の目を、右からも左からも、来たかと思うと、通りぬけてしまう。その中で変らないのは、午後の日が暖かに春を炙(あぶ)っている、狭い往来の土の色ばかりである。
 その人の往来を、仕事場の中から、何と云う事もなく眺めていた、一人の青侍(あおざむらい)が、この時、ふと思いついたように、主(あるじ)の陶器師(すえものつくり)へ声をかけた。
不相変(あいかわらず)、観音様(かんのんさま)へ参詣する人が多いようだね。」
「左様でございます。」
 陶器師(すえものつくり)は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子(ようす)にも、悪気らしいものは、微塵(みじん)もない。着ているのは、麻(あさ)の帷子(かたびら)であろう。それに萎(な)えた揉烏帽子(もみえぼし)をかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正(とばそうじょう)の絵巻の中の人物を見るようである。

底本:「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年9月24日第1刷発行
   1995(平成7)年10月5日第13刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月〜11月に刊行
入力:j.utiyama
校正:earthian
ファイル作成:野口英司
1998年11月11日公開
1999年8月8日修正
青空文庫作成ファイル:

芥川龍之介 

朗読 籾山久雄

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