若葉の雨


 野も、山も、青葉若葉となりました。この頃は――とりわけて今年はよく雨が降るやうです。雨といつてもこの頃のは、草木の新芽を濡らす春さきの雨や、もつと遅れて来る梅雨季(つゆどき)の雨に比べて、また変つた味ひがあります。春さきの雨はつめたい。また梅雨季の雨は憂鬱にすぎますが、その間にはさまれた晩春の雨は、明るさと、快活さと、また暖かさとに充ち溢れて、銀のやうにかがやいてゐます。春さきの雨は無言のまま濡れかかりますが、この頃の雨はひそひそと声を立てて降つて来ます。その声は空の霊と草木の精とのささやきで、肌ざはりの柔かさ、溜息のかぐはしさも思ひやられるやうな、静かな親みをもつてゐます。時々風が横さまに吹きつけると、草木の葉といふ葉は、雨のしづくが首筋を伝つて腋の下や、乳のあたりに滑り込んだやうに、冷たさとくすぐつたさとで、たまらなささうに身を揺ぶつて笑ひくづれてゐるらしく見えるのも、この頃の雨でないと味はれない快活さです。


                                                    
                                                 薄田淳介 若葉の雨
      読みの底本;青空文庫ファイルより        (青空文庫のファイル作成データ)      底本;「日本の名随筆43.雨」作品社       1986年 5月25日第1刷発行       1991年10月20日第10刷発行       入力;加藤恭子       校正;今井忠夫   ファイル作成:野口英司      2000年10月13日公開            朗読 ;籾山久雄(音の図書室 音訳ボランティア)2002,3,1             若葉の雨
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