藪の中

 検非違使(けびいし)に問われたる木樵(きこ)りの物語

 さようでございます。あの死骸(しがい)を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝(けさ)いつもの通り、裏山の杉を伐(き)りに参りました。すると山陰(やまかげ)の藪(やぶ)の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科(やましな)の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩(や)せ杉の交(まじ)った、人気(ひとけ)のない所でございます。
 死骸は縹(はなだ)の水干(すいかん)に、都風(みやこふう)のさび烏帽子をかぶったまま、仰向(あおむ)けに倒れて居りました。何しろ一刀(ひとかたな)とは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまわりの竹の落葉は、蘇芳(すほう)に滲(し)みたようでございます。いえ、血はもう流れては居りません。傷口も乾(かわ)いて居ったようでございます。おまけにそこには、馬蠅(うまばえ)が一匹、わたしの足音も聞えないように、べったり食いついて居りましたっけ。
 太刀(たち)か何かは見えなかったか? いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、縄(なわ)が一筋落ちて居りました。それから、――そうそう、縄のほかにも櫛(くし)が一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されて居りましたから、きっとあの男は殺される前に、よほど手痛い働きでも致したのに違いございません。何、馬はいなかったか? あそこは一体馬なぞには、はいれない所でございます。何しろ馬の通(かよ)う路とは、藪一つ隔たって居りますから。


                                                                   芥川龍之介  藪の中
                                                              読みの底本;青空文庫ファイルより

                                                        (青空文庫の作成記録)
                                                       底本「芥川龍之介全集4」ちくま文庫 筑摩書房
                                                                          1987年1月27日初版第1刷発行
                                                                          1996年7月15日第8刷発行
                                                 底本の親本;「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
                                                                 入力;平山誠、野口英司
                                                                 校正;もりみつじゅんじ
                                                             ファイル作成:もりみつじゅんじ
                                                                                    1997年11月10日公開
                                                                                     1999年7月30日修正 
        

                                               朗読 ;籾山久雄(音の図書室 音訳ボランティア)2002,3,1

                                                                        藪の中
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